宿命の敵

     ◆


 ネクロとの問題を片づけた後、トランスポーターはレイヴン城や市街をめぐった。特別な期待はせずに、気楽に巫女をさがした。


 ゾンビ出現による混乱には無関心だったが、依然いぜんとして活動を続けるゴーレムを見て、ネクロの生存を疑うようになった。


 とはいえ、ネクロの死亡によって、ゴーレムが活動をやめる確証はない。体力がつきるまで活動を続ける可能性もある。


 しかも、適当な場所へネクロを『転送てんそう』したため、落下場所は予想もつかない。生死を確認するためだけに、わざわざ相手をさがすのは億劫おっくうだった。


 そんな時、ただの岩石としたゴーレムを発見した。実際はウォルターの手によるものだが、彼はそれをネクロが死んだためだと早とちりした。


 ウォルターとの遭遇そうぐうをさけながら、市街を見回っていると、中央広場にいる魔導士の一団と、その中心にいる異彩いさいを放つドレスの女性――ダイアンを発見した。


 巫女みこだと直感ちょっかんし、慎重に様子をうかがう。


 七つの能力を保持ほじしていても、彼に複数の魔導士を相手どる度胸どきょう無鉄砲むてっぽうさはない。近寄ることすらできず、いたずらに時間を浪費ろうひした。


 そうこうしていると、マントをまとった幹部かんぶたちが集団に合流し始め、周辺を行きかう人数も増えた。中央広場が司令部しれいぶ様相ようそうをていしてきた。


 しまいには、辺境伯マーグレイヴまで姿を現し、ダイアンと会話をかわし始めた。攻撃をしかける気は消え失せたが、彼女が巫女かどうかだけでも確かめようと考えた。


 〈不可視インビジブル〉で接近するという、シンプルで安全な方法を思いつく。それを見やぶれることはイコール巫女であることに他ならない。


 しかし、〈不可視インビジブル〉には欠点がある。静止せいししていれば問題ないが、周囲三メートル以内の人間には認識されてしまう。そのため、人ごみの中にいる人物に近づくのは、思いのほか難しい。


 どこか目立つ場所から、相手の注意をひければ――。


 声をかけるのが手っとり早い。だが、声自体は誰の耳にも届いてしまう。また、大声を張り上げるのは気が進まなかった。


 仕方なく、相手の目が届く場所で、ジッと待つことに決めた。トランスポーターはそういう気長きながなことが苦にならないタイプだ。


     ◆


「巫女。ケイト・バンクスは見つかりませんでした」


 辺境伯がダイアンに報告した。そばにいたクレアは、突然の再会で頭の中がまっ白になった。一方の辺境伯は平然へいぜんとした様子で声をかけた。


「ひさしぶりだな、クレア」


「うん……」


「岩の巨人をあやつっている男は?」


「その男も見つかりません。仲間に聞けばわかるかもしれませんが、そいつも見つからなくて……」


 トランスポーターは〈不可視インビジブル〉を展開てんかい中のため、彼には発見できない。また、現在はおたがいに〈千里眼〉リモートビューイングを解除していた。


「あの、ケイトの居場所ならわかります。さっきまで一緒にいましたから」


「ここに連れて来てくれる?」


「わかりました」


 ダイアンがからみついてくるような視線に気づく。目を移すと、見なれない服装の男が、ただならぬ様子でたたずんでいた。


「待って!」


 クレアの向かう先にいたため、ダイアンがとっさに引き止める。


 確証が得られたことで、トランスポーターの表情に光がさし込む。ついにめぐり会えた宿命しゅくめいの敵。冷めた性格を自認じにんする彼も、全身が熱をおびるほどの興奮をおぼえた。


「……誰かいますか?」


「そこの男、見えてない?」


 辺境伯が目をこらす。相手が使用するのは自身の能力だが、彼でも視認しにんすることはかなわない。だが、そこに誰がいるのか、すぐに目星めぼしをつけた。


「トランスポーター、姿を見せろ」


 トランスポーターはあっさり〈不可視インビジブル〉を解いた。突然の心変わりを見せた辺境伯に、問いただしたいことがあった。


「やはり、お前か……」


「インビジブル。その女が『転覆てんぷく巫女みこ』か? 見つけたなら、教えてくれても良かったのに。僕らは仲間じゃないか」


 わざとダイアンの不信ふしんを買うような内容を織りまぜ、トランスポーターは相手の顔色をうかがった。


 辺境伯が言葉につまる。洗脳せんのう状態にあったとはいえ、相手は数年間行動を共にしてきた仲間。少なからず友情の念があった。


 しかし、彼らが巫女の命をねらっていることを、嫌というほど知っている。巫女の記憶を残らず失い、行方がわからなかった状況では、抵抗を感じなかった。


 しかし、巫女の部下としての自覚を取り戻した今となっては、とうてい受け入れられるものではない。


「トランスポーター。お前とは戦いたくない。ここは退け」


「僕らの目的を、君は知っていたはずだ。理解した上で『盟約めいやく』を結んだ。それなのに裏切るのか?」


「それはお前の勘違いだ。『盟約』に加わる時の条件は、『転覆の魔法』を解くことへの協力のみ。それ以上の約束はしていない」


「それは初耳だけど、まあ、『盟約』に参加したのは君より後だからね。部分的な協力関係を結ぶあたり、ローメーカーらしいと言えばらしいか。それだけ、君の能力が魅力みりょく的だったということか」


「巫女に手出てだしはさせない。それでも戦うというなら、命がけのものになると思え」


「君がここまで変わり身が早いとは思わなかった。信頼の置ける相手だと思っていたから、なおのことがっかりだ」


 辺境伯がダイアンの前に進み出た。その攻撃的な態度によって、トランスポーターの闘争心に火がついた。


「君は忘れていないか。〈不可視インビジブル〉はもちろん、君が持つ全ての能力が、僕に通用しないことを。しかも、その逆は成立しない」


「お前こそ忘れるな。俺にはお前らと共有していない力があることを」


 辺境伯が手元で『電撃でんげき』をほとばしらせる。彼の目は本気だった。手ごわい敵が増えたと、トランスポーターは閉口へいこうした。


「ここはいったん退くよ。言いわけじみてるけど、始めから戦う気はなかった。でも、こちらがいつでも命をねらっていることを、忘れないほうがいい。後ろの女にも、君のほうから伝えておいてくれるか」

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