不穏な警告

     ◆


 追手おってをまくため、スプーは次から次へと道を折れまがった。この地区は小道こみちが複雑に交差し、逃げる側が圧倒的に有利。ほどなく、クレアたちはターゲットを見失った。


「遠くへは行っていないはず。手分てわけしてさがしましょ。敵が姿を変えられることを忘れないで。発見したら、大声を上げるか、空に向かって魔法を放つ。それでいい?」


 クレアたちは三方さんぽうに散った。それを民家のかげで見届けたスプーは、息を殺して敵を待った。魔導士の一人が通りかかると、背後から飛びかかった。


 首をしめ上げるのに成功したが、相手の抵抗にあい、振りほどかれそうになる。スプーは決して腕力わんりょくが強いわけではない。


 たまらず触手しょくしゅの力を借りようとしたが、別の一人がそこへ到着した。


「捕まえたぞ!」


 スプーは捕まえていた相手に『扮装ふんそう』したかと思うと、別の一人にそう呼びかけ、相手を投げ飛ばした。


 別の一人はわなにハマり、投げられた魔導士へ気を取られた。すかさず放たれたスプーの『水竜すいりゅう』が、別の一人へクリーンヒットした。


 スプーは会心かいしんの笑みをうかべた後、反対方向へ逃げようとしたが、運悪くそちらからクレアが現れた。


 スプーが顔をしかめてため息をついた。クレアがジェネラルと遜色そんしょくない魔導士と知っていたが、戦うしかないと覚悟した。


 どこからともなく噴出ふんしゅつされた黒煙こくえんが、触手を形成していく。


 その時、背後からゴーレムの足音が聞こえてきた。振り向くと、倒れていた魔導士にゴーレムが歩み寄っていた。ほくそ笑んだスプーがそちらを指さした。


「ほうっておいていいのか?」


「……こんな時にうっとうしい」


 クレアの注意がそれたのを見て、スプーは一目散いちもくさんにかけだした。クレアはそれを追わず、仲間の救援を優先した。『火球かきゅう』を放って、ゴーレムの注意を自身へ向ける。


「こっちに来なさい!」


 クレアはほどよい距離をたもちながら、近くの通りへ誘導し、ゴーレムが立ち入れそうにない、せまい路地へ入るタイミングを見計みはからった。


 しかし、それをなかなか見つけられないでいると、行き止まりにぶつかり、逃げ場を失った。せまって来たゴーレムが目の前で足を止める。クレアの頬を冷や汗がつたった。


 その時だった。ゴーレムの向こう側に、上空から何かが舞い下りた。そして、瞬時に敵の体が崩壊し、黒煙が四方しほう八方はっぽうに飛び散った。


 何が起きたのかわからず、クレアは開いた口がふさがらなかった。ゴーレムの残骸ざんがいの先に、一人の魔導士の姿があった。


 それはウォルターだった。相手は立て膝のままうなだれ、動く気配を見せない。クレアが残骸たる岩をまたいでかけ寄った。


「ウォルター、大丈夫?」


 ウォルターは大きく肩で息をし、手足はきざみにふるえている。また、右腕や体をかきむしるようなしぐさも見せていた。


「大丈夫」


 しばらくして、ウォルターはかすれた声で答えた。クレアがゴーレムのなれの果てをチラッと振り向く。


「何をどうしたの?」


 その問いかけに、ウォルターは何も答えなかった。


「岩の巨人は僕がどうにかする。ゾンビのことは頼んだよ」


 今にも気絶しそうな表情で言い残し、ウォルターは大空へ飛び立った。


     ◇


 市街を飛び回って、次々つぎつぎと岩の巨人をしとめた。


 先ほどから使えるようになった謎の力――黒煙の威力はケタ違い。張り合いを感じないくらい、いともたやすく岩の巨人を始末できた。


 ただ、この力は命をけずるような代償だいしょうを必要とした。何度も使用を控えようと考えたけど、敵を倒すためには、この力に頼らざるを得なかった。


 使用するたびに襲いかかる痛みは、じわじわと強まった。やがてそれは慢性的まんせいてきなものとなり、絶えず全身ににぶい痛みをもたらすようになった。


 今や、気力との戦い。ダイアンとの約束――この街を守るという使命感しめいかんが、僕をつき動かしている。敵の数が有限ゆうげんなのがせめてもの救いだ。


 まっすぐ歩くことすらままならず、移動には空中飛行を用いた。飛行中のよそ見は危険だし、屋根の上からでは死角しかくが多い。そのため、岩の巨人の捜索は目よりも耳に頼った。


 黒煙は際限さいげんなく使え、それでいて万能。時には、数十メートル先の敵を倒すこともできた。体の自由がきかないことは、それほど問題にならなかった。


 けれど、力を闇雲やみくもに使用したことが、ますます痛みを助長じょちょうさせた。悪循環あくじゅんかんとなって、精神はすり減る一方だった。


 中央地区と南地区の敵はあらかた狩りつくした。さらに、東地区で数体をしとめてから、東南地区へ足を向けた。


 この地区の住民はレイヴン城へ避難している。なので、人影ひとかげは見当たらない。当然、岩の巨人の姿もなかった。


 引き返す途中、思い出の地――トーマスベーカリーのそばを通りかかった。気を取られて着地に失敗し、屋根の上をころがって、路地へと落下した。


 地面と衝突する直前にブレーキをかけたおかげで、ケガはなかったものの、路上に横たわったまま、なかなか起き上がれない。体が動くことを拒絶きょぜつしていた。


 数分後、よろめきながら、何とか立ち上がる。フラフラと表通りへ出ると、トーマスベーカリーがすぐそこにあった。はたして、自分はこの街を守れたのか。そう自問じもんした。


 その矢先やさき、奇妙な現象が起きた。間近まぢかでピッポンというチャイムのような音が鳴った。こちらでは絶対に耳にしないような機械的な効果音だった。


『注意

 規定きてい用量ようりょうをオーバーしました。

 累積るいせき時間:5分1秒』


 自分の意思と関係なしに、目の前にメッセージウィンドウがポップアップされた。それは能力の説明書きとよく似ていた。


一時的いちじてき身体しんたいの明け渡しを求めています……』


 まもなく、不可解ふかかいな表示に切りかわった。全く身におぼえがない内容だ。これは自分に向けたメッセージなのだろうか。


『エラー

 権限けんげんがありません』


 今度はブオンとブザー音が鳴りひびく。ことさらに不安をあおるような効果音だ。内容も意味がわからない。表示の移り変わりを、うすら寒い思いで見守った。


『許可を求めています。

 はい/いいえ』


 ようやく意味がわかるメッセージが現れた。諾否だくひを問う文言もんごんの下に『残り時間:5秒』との表示があり、やがてカウントダウンが始まった。


『5秒……4秒……3秒……2秒……1秒……0秒』


 数字の減少を目で追い、息をのんでその時を待った。


『拒否されました』


 再度ブザー音が鳴った。あらゆる表示の主語が明確でない。誰に向けたメッセージなのかもはっきりしない。


 その後、新たな表示は現れなかった。しばらく放心ほうしん状態となったけど、ズキズキとした痛みで我に返った。

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