それぞれの覚醒(後)

     ◆


 スプーは民家の外壁がいへきにスコットの体を押しつけ、残忍ざんにんな目つきで、至近しきん距離からにらみつけた。


「身のほどを知ったか。私を倒したければ、エックスオアーか、トリックスターぐらい連れて来るんだな」


「あいにく、そんな変テコな名前のやつは、知り合いにいないな」


「この体とは長い付き合いなんだ。それだけ愛着あいちゃくがあったんだ。それをお前は傷つけた。ただで済むとは思うなよ」


人様ひとさまの体を、勝手に使っているやつが言うセリフじゃないな」


「ナマイキな口をきくな。代わりに、お前の体をいただいてやってもいいんだぞ」


 辺りをただよう黒煙こくえんが集まりだし、スコットの顔にまとわりついていく。そして、口や鼻などから体内への侵入を始めると、スコットは顔をそむけて抵抗した。


「素直に私を見逃みのがしておけば、こんなことにならなかったのにな。歴然れきぜんとした実力差を認められず、ちっぽけな正義感振りかざす。人はこれを蛮勇ばんゆうと呼ぶのだ」


    ◆


 大門おおもんへ助けを呼びに行くため、ケイトは中央通りに出た。その直後、二人の魔導士をしたがえたクレアと、偶然にも鉢合はちあわせた。


「クレア、大変です!」


 ケイトがすがりつくように相手を引き止めた。


「ケイト……。どうしたの?」


 クレアはゾンビ大量出現の一報を受け、スプーたちの捜索をいったん中断。コートニーを大門の城壁塔に残して、レイヴン城方面へ向かう途中だった。


「スコットが敵と戦っているんです。助けてください!」


「敵ってどんな? 岩の巨人?」


「違います。姿を変えられる敵です」


 クレアは他の魔導士と顔を見合わせた。


「案内して」


 走りだしたケイトの後を、クレアたちが追った。


「そこを左にまがったところです」


 ケイトが路地ろじのなかばで言った。彼女を追い越して、まっ先にクレアが現場へかけつけた。


 スプーを発見し、すかさず攻撃態勢をとったが、とらえられたスコットの姿が目に入り、思いとどまった。


「スコットを放しなさい!」


 スプーが壁に押しつけていた力を弱め、スコットの体がわずかにずり落ちる。他の魔導士二人は慎重な足どりで反対側へまわり込んだ。


「もう逃げられないわよ」


 取り囲む魔導士たちを、スプーがねめ回す。そして、余裕たっぷりに表情をゆるませた瞬間、容姿ようしをスコットのものへ一変させた。


「これが……」


「さて、どちらが君の仲間かわかるかな?」


「あなたじゃないのは確かね」


 バカげた質問だと思いながらも、クレアは敵の能力に驚嘆きょうたんした。


無論むろん、正解だ。しかし、これならどうだ!」


 そう怒鳴りつけたスプーが、力まかせにスコットの体を投げ飛ばす。クレアはそれを受け止めようとしたが、その場へスコットもろともに倒れ込んだ。


 さらに、スプーは複数の触手しょくしゅを振り回して威嚇いかくした。二人の魔導士が浮き足立つと、そのすきをついて逃走を始めた。


「待て!」


 二人の魔導士が後を追った。物かげから見守っていたケイトがクレアのもとにかけ寄る。


「スコットのことをお願い」


 飛び起きたクレアは、そう言い残してスプーを追いかけた。


     ◆


 スコットはもだえ苦しんだ。〈闇の力〉によって全身が焼けるように熱く、まるでヘビが体内で暴れ回っているようだった。


 激痛に表情をゆがめて、ノドの辺りをつかみながら、地面をころげ回る。時おり、ケモノが咆哮ほうこうするようにさけび声を上げた。


「ごめんなさい……、ごめんなさい、スコット。私が城で大人しくしてれば、こんなことにならなかったかもしれないのに……」


 のたうち回るスコットの背中を、ケイトはさすり続けた。安全で安静にできる場所へ連れて行かなければ。頭ではわかっていても、その場所が全く思いつかない。


 また、ケイトに相手の体をどこかへ運ぶ力はなく、彼女自身もショックのあまりに腰がぬけていた。


「くやしい。目の前の人さえ助けられない。私に力があれば……、私が人なみに魔法を使えていれば……。天才じゃなくたっていいのに。普通に魔法が使えるだけでいいのに。どうして……」


 せきを切ったように、ケイトの瞳から涙があふれだす。それがポタポタとスコットの体にしたたり落ちていく。


「バカ野郎」


 スコットがゲホゲホとせき込みながら、上体じょうたいを起こした。


「何を恥じるんだ。お前はここまで来たじゃないか。そのことが、どれだけ俺のはげみになったか。どれだけ俺に勇気をくれたか。それで十分だよ。恥じることなんて何一つねえよ」


 スコットが息もたえだえに、力なくほほえんだ。


 スコットは腕の力で体重を支えられなくなり、倒れ込みそうになったが、すんでのところで、ケイトが抱きとめた。


「スコット! スコット!」


 呼びかけに答えはない。荒々あらあらしく呼吸をしているが、苦しむ様子がなくなってしまい、それがかえってケイトの不安をかき立てた。


 助けたい。彼女はただ一心いっしんに願った。


 ――その想いがを結ぶ。


 突如、白い光が粉雪こなゆきのように舞い始める。しだいに、小さな光は寄り集まっていき、二人をやわらかな光でつつみ込んだ。


 〈光の力〉――それは〈闇の力〉とついをなす。まさに、それに対抗するためだけに巫女みこが創造した力。巫女――ダイアンは能力を失う前に、その力をケイトへたくしていた。


 〈闇の力〉はこの国における使用が『転覆の魔法』によって阻害そがいされていた。対極たいきょくの存在とはいえ、同質の〈光の力〉も影響を受けていた。


 『転覆てんぷく』前は、国内屈指くっしの魔導士だったケイトが、満足に魔法が使えなくなったのも、そのあおりでエーテルのコントロールができなかったからだ。


 涙でかすんだケイトの視界が、聖なる白い光で満たされていく。あ然と辺りを見回すと、自身の両手がとりわけ強い光を発しているのに気づいた。


「……あれ?」


 ふいにスコットが声を上げ、ムクッと体を起こした。体内を侵食しんしょくしていた毒は、〈光の力〉によって、またたく間に浄化じょうかされていた。


「全く痛くなくなった」


「……えっ? どういうことですか?」


 スコットはケロッとした表情で腕を回し始めた。


「ん? どういうことだ?」


 ケイトはグシャグシャになった泣き顔のまま、ポカンと相手と見つめ合った。

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