それぞれの覚醒(中)

     ◆


 スコットとスプーが対峙たいじするのは、中央通りから少し入った通り。広くはないが直線的で大きな馬車でも悠々ゆうゆうと通れる。


 ただ、ここは小さな民家みんかや商店が建ちならぶ地区で、細い道が迷路めいろのように入り組んで見通みとおしが悪い。ゴーレムが侵入して来ない利点はあるが、他の魔導士が通りかからない難点なんてんもあった。


「君はこの男を知ってるか?」


 スプーがダレル・クーパーの姿に戻った。


「知ら……」


 スコットはそう言いかけたが、口をつぐんだ。その顔に見おぼえがあった。


 相手は五年前に死んだ人間で交流もなかった。だが、ストロングホールドに出向しゅっこうした際や、対抗戦の場で何度か目にしていた。


「知っているようだな。かつてこの男は、辺境守備隊ボーダーガードにおいて中核ちゅうかくをになっていた。辺境伯マーグレイヴ側近そっきんをつとめ、魔法の実力は五本の指に入っていただろう。五年前の〈樹海〉において、私はこの体を手に入れた」


「……体を手に入れた?」


 あの日、スプーは一行いっこうひきいるイェーツ卿の従者じゅうしゃに『扮装ふんそう』していた。そして、泥人形どろにんぎょうから逃げだしたフリをし、さがしに来たダレル・クーパーを、人気ひとけのない場所まで誘いだした。


「こいつは頭がきれる男でな。おまけに勘もするどかった。だから、あっさり正体を見ぬかれてしまったんだ。退くに退けず、やむなく戦うことにした」


 病的なまでに用心深いスプーが、リスクを負っていどんだ戦い。だまし討ちではない正面きっての戦闘は、彼にとってきわめてまれだ。


「ギリギリの戦いだった。打ち勝った時の興奮は、今でも忘れられない」


 感情にとぼしいスプーの顔つきが、みるみる歓喜かんきに満ちていく。これこそ、彼がこの『うつわ』に固執こしつする最大の理由だ。


「まあ、その後、うぬぼれたあげくに辺境伯へ勝負をいどみ、あっけなく返り討ちにあったのだがな」


 スプーが自嘲じちょうするように言った。


「それほどの男が私に敗れ、この体を差しださざるを得なかった。これが何を意味するかわかるか?」


「あんたがイカれたバケモノだってことだろ?」


「君ら魔導士は、私の前では赤子あかご同然だということだ。体を乗っ取れる事実を、わざわざ君に暴露ばくろした理由も教えよう。それは自身へのいましめであり、決意表明でもある。この場から君をのがさず、確実に始末するというな」


「息まいているところ悪いけど、その話はもう知ってたぜ」


「ほう、すでに広まっていたか。どうりで反応がうすいと思った」


 顔には出さなかったが、スプーは動揺していた。〈闇の力〉が復活したため、以前よりはマシな状況だが、彼の本体が脆弱ぜいじゃく非力ひりきであることに変わりはない。


「そういえば、助けを呼びに行った女がいたな。さっさと片づけるか」


「やれるもんならやってみろ」


     ◆


 スプーが手始めに発動したのは、意外にも『水竜すいりゅう』だった。どういった攻撃をしかけてくるのか、スコットは戦々せんせん恐々きょうきょうとしていたが肩すかしを食らう。


 スコットの『かまいたち』が『水竜』をまっぷたつに切りさく。距離をとった状態で魔法を撃ち合い、一進いっしん一退いったいの攻防が続いた。


 魔導士としてはスコットが格上かくうえ。だが、風と水の魔法では『風』のが悪い。スコットにはネイサンから受けついだ氷の指輪もあったが、実戦投入できるほど得意ではない。


 スプーはなかなか手のうちを明かさない。あくまで〈闇の力〉は奥の手だ。威力の面では魔法と変わらないが、身体の一部として機能するため自在性じざいせいが高い。


 ただし、速度面でなんがあり、警戒された状態では存分ぞんぶんに力を発揮できない。したがって、相手が不用意に接近してくるまで温存おんぞんするつもりだった。


 スコットは接近をさそうような敵の動きを察知さっちし、一定いっていの距離をたもち続けた。このまま時間をかせぎ、応援を待つのが得策とくさくと考えた。


 しかし、消極的しょうきょくてき単調たんちょうな攻撃を続ければ、無策であるのを見すかされ、一気に決着をつけに来るかもしれない。それを防止するため、緩急かんきゅうのある多彩たさいな攻撃が必要と考えた。


 スコットはそれを氷の魔法に求めた。彼の頭上に『氷柱つらら』が姿を現す。


「氷の魔法も使えたのか」


「つたないけどな」


 発現された『氷柱』の出来できばえを見て、スプーは恐れるに足らないと感じた。氷の魔法に関しては、自身が上だと確信した。


 ただ、スコットは細工さいくをほどこしていた。太い『氷柱』のかげで、もう一本の細くてするどい『氷柱』を同時に形成した。


 そして、太いほうを直線的に放った一方、細いほうを『突風とっぷう』であやつり、不規則ふきそく軌道きどうをえがかせた。


 目論見もくろみ通り、スプーはより目立つ太い『氷柱』に気を取られ、それだけを迎撃げいげき。細い『氷柱』が相手の顔をサイドからつけねらう。寸前すんぜんに気づいたスプーは、とっさにのけった。


 紙一重かみひとえで回避したが、『氷柱』は頬をかすめて鮮血せんけつをもたらした。ぬぐい取った血を見ると、スプーは顔つきを豹変ひょうへんさせた。


 体のいたるところから、黒色こくしょく触手しょくしゅがのび始めた。計八本のそれは、太さが人間の腕程度で、長さはまちまち。独自どくじの意思を持つかのように、異なったうねりかたをしている。


本性ほんしょうを現しやがったな」


「この力を使うのは久々ひさびさなんだ。悪いが手加減はできないぞ」


 スプーが一歩ふみだしたと同時に、触手の一本が攻撃を始める。スコットは後方へ飛び、せまり来るそれに『かまいたち』で応戦した。切断された触手はたちまち霧散むさんした。


 たて続けにのびてきた二本目も、スコットは楽々と対処した。ところが、地をはうように進んだ一本に気づかず、足首に巻きつかれた。


 触手の力はせいぜい人間と同程度だが、不意をつかれたため、あっさり転倒させられた。さらに、別の触手にもう片方の足もとらえられ、完全に動きをふうじられた。


 スコットは抵抗できずに、力ずくに路上を引きずられた。まもなく視界に入ったスプーは、勝ちほこった笑みをうかべていた。


 自由な両手で『かまいたち』をお見舞いしようとしたが、逆に『水竜』で反撃を食らう。ずぶれとなり、スコットは視界と両腕の自由さえ失った。


 触手によって、スコットの右手から二つの指輪が器用きように取りのぞかれる。スプーは相手の胸ぐらをつかんで持ち上げると、念のため、路上にころがる指輪をけり飛ばした。

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