それぞれの覚醒(前)

     ◇


 『氷柱つらら』による怒涛どとうの連続攻撃もなしのつぶて。


 岩の巨人に対する怒りと、ふがいない自身への怒り。二つの感情が胸のうちでうず巻いていた。


 一連いちれん波状はじょう攻撃を受けた岩の巨人が再始動する。岩の体はところどころ欠けているとはいえ、ささいなもので疲弊ひへいした様子は見られない。


 僕は力を欲した。あの岩石の体を打ちくだく力を。


 すると、右手周辺から黒煙こくえんがもれだし、やがてそれは、腕にからみつくようにはい上がってきた。


「何だ、これ……」


 右手をかまえた矢先に気づき、得体えたいの知れない――いや、これには見おぼえがあった。


 突然、針でさされたような痛みを感じ、反射的に振りはらおうとした。結果を確認する前に、岩の巨人がなぐりかかってくる。


 後方へ飛んで、相手に『突風とっぷう』を放った。距離を取ろうとしたのだけど、肝心かんじん〈悪戯〉トリックスターを発動しそびれた。


 かろうじて、一撃目をかわしたものの、すぐに二撃目が飛んでくる。


 着地を待たずに重力を軽減させ、敵の頭部目がけて『かまいたち』を放つ。敵を再び同じ建物にたたきつけるも、自分も反動で路上ろじょうをころがった。


「後ろにもう一体いるぞ!」


 すかさず振り向くと、別の一体が背後で仁王におうちしていた。そして、おおいかぶさってくるように、かざした両腕を振り下ろした。


 体勢的に『かまいたち』は放てない。『突風』で頭上ずじょうや後方へ飛べば、敵と衝突する。死を覚悟した。両目をつむって、その時を待つ。


 ブンという音と共に、風圧を感じた。ところが、敵の攻撃はいつまでたっても降りそそがない。不思議に思ってまぶたを開くと、視界が黒煙でおおわれていた。


 自身を守ったのは、をえがいた黒煙のたて。それが徐々に霧散むさんすると、再び敵を視界にとらえた。


 身の毛のよだつ、コブシがくうを切る音がひびく。ところが、黒煙が身をていするように再結集さいけっしゅうし、またしても攻撃をふせいだ。


 あわてて間合まあいを取って、『突風』の要領ようりょうで敵に向けて黒煙を放った。すると、思いも寄らない事態が起こった。


 いかなる攻撃も物ともしなかった岩の巨人が、もろくもくずれ去ったのだ。


「この力は……?」


 黒煙は目の前をただよい続け、まるで手足のように、思うがままに動かせた。しかし、その力はとてつもないマイナス面をかかえていた。


 ふいに『電撃でんげき』を受けたような痛みが右腕を走る。思わずひざまずいてしまうほどで、右腕をおさえて顔をしかめた。


 先ほど壁にたたきつけた敵が、こちらに向かって進撃を再開した。迷いがあったものの、しびれの取れない右腕をかまえた。


 同じシーンが目の前でくり返される。黒煙の『突風』に吹き飛ばされるように、たちまち敵の体は崩壊した。


 不気味ぶきみ静寂せいじゃくの中、こちらに頭部だった岩がゴロゴロところがってきた。


 右腕に再度神経痛が襲いかかった。さらに強まったそれは、右腕にとどまらず、体のほうへ広がった。


 言いようのない不安にかられた。体をむしばまれている気がした。呪いのようにまとわりつく正体不明の力を前に、ゾッとする思いだった。


     ◆


「あんた、あの岩の巨人をあやつっているやつか? それとも、他人になりすませるやつか?」


「答える筋合すじあいはないが、そこまでして知りたいか? その場合、ますますもって、君たちをこの場で始末しなければならなくなる。それでもかまわないか?」


 スコットが押しだまる。スプーの狂気きょうきにあてられ、顔を引きつらせた。


 スプーが城壁塔で殺害した守衛しゅえいに『扮装ふんそう』した。スコットとケイトが大きく目を見張る。


「夢でも見ているんでしょうか……」


「他人になりすますほうってわけか」


 スプーの〈扮装〉スプーフィングは、〈転送〉トランスポートといった能力と同じく、外見がいけんデータを三つまで保存できる。取得方法もよく似ていて、対象に五秒間接触するというものだ。


 現在スプーが保持するデータは、守衛のものと、一般人への偽装ぎそう用と、長年ながねんなりすましていたギル・プレスコットのものだ。


「これでわかったかな?」


 『扮装』は声色こわいろまで変わるが、雰囲気は相変わらず。それがいっそう不気味ぶきみさを際立きわだたせた。


「ケイト。大門おおもんにクレアがいるから、このことを伝えてきてくれ。ついでに応援を呼んできてくれると助かる」


「でも……」


 自分が足手あしでまといにしかならないことを、ケイトは嫌というほどわかっている。しかし、この場にスコット一人を残すのは気が引けた。


「頼んだぞ」


 スコットがケイトのこわばった手をにぎりしめる。うなずきを返した彼女は、ふるえる足でゆっくりと後ずさった。


 しかし、スプーが逃がさないとばかりに右手をかまえ、ケイトは足を止めた。


「行け!」


 同じく攻撃態勢をとったスコットが急がせた。


 ケイトは近くの路地へ逃げ込んだ。そこを進んでいる途中、男のさけび声が耳に届いた。スコットの声ではないと思ったが、不安感から来た道を振り返る。


 しばらくその場で立ち止まっていたが、今の自分ができるのは助けを呼びに行くことだと思い直し、再び前に進み始めた。


     ◆


 ダイアンは〈とま〉を後にして、レイヴン城を出た。ゴーレムが市街をうろついているため、城門は開けられず、辺境伯マーグレイヴ〈転送〉トランスポートの力を借りた。


 見晴みはらしの良い中央広場近くの建物から、市街の状況を確認する。辺境伯の他に、護衛の魔導士が一人帯同たいどうし、彼女の肩にはルーの姿もある。


 断続的だんぞくてきに大声が聞こえてくるが、付近で目立った戦闘は見られない。また、ゴーレムよりも、通りをふらつくゾンビの姿が目についた。


「この辺りに岩の巨人はいませんね」


「彼らに聞いてみましょう」


 中央広場に魔導士の集団を発見し、ダイアンが指さした。突如として出現した三人に、魔導士の集団がおどろく。


「どういう状況なの?」


「え、はい……」


巫女みこです」


 護衛の魔導士が説明するも、全員困惑を隠せない。辺境伯の姿を見つけてギョッとする者もいた。


「岩の巨人が少なくなったので、ゾンビへの対処に取りかかるところです」


「岩の巨人はどうしたの? 引き上げたの?」


「いえ、先ほど空を飛べる例の新人が現れまして、岩の巨人をあっという間に倒して、嵐のように去っていきました」


「……どうやって倒したの?」


「見慣れない、みょうな力を使っていました」


「……妙な力?」


「はい。魔法に見えなくもなかったですが、昆虫かコウモリのれをあやつっている感じでした」


「あの力だな」


 ルーが耳元でつぶやき、ダイアンが不安げな表情を見せる。その力に心当たりがあり、ルーの懸念けねんに裏づけが取れたかたちだ。


「巫女。俺はあれをあやつっている、ネクロとかいう男をさがします」


 背後で居づらそうにしていた辺境伯が、その場を離れようとしたが、ダイアンが「待って、ライオネル」とすぐに呼び止めた。


「ケイト・バンクスをさがしてくれる?」


「ケイト・バンクス……ですか?」


 辺境伯はケイトをよく知っていたが、『転覆てんぷく』後の彼女は日陰ひかげの身となっていたため、記憶はそれ以前のものが中心。


 加えて、ケイトは巫女と常に行動を共にしていたので、『誓約せいやく』による記憶消去の巻きぞえで、彼女の記憶まであやふやなものとなっていた。


「私のところへ来るように伝えてほしいの」


「わかりました」

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