スカイダイビング(後)

     ◆


「能力のしみがアダとなったな。あの時、『盟約めいやく』に参加していれば、ここで僕に殺されることもなかった」


 初めての会談の際に、ローメーカーから『盟約』への参加を求められたが、ネクロは固辞こじした。


 『盟約』には能力共有の他に、二つ目の条項じょうこうがあり、『盟約のメンバーを手にかけた者は死ぬ』という内容だ。これはのろいのように機能するが、現在のところ、一度も発動されていない。


「そうとも言えるが、君と『盟約』を結ぶなんて、考えただけでもゾッとするよ」


 死を目前もくぜんに控えているはずなのに、ネクロは茶化ちゃかすような目つきと嘲笑ちょうしょうをくずさない。


気味きみの悪いバケモノめ。お前、本当に人間なのか?」


 トランスポーターは眉をひそめて言った。


「血も涙もない君が言うセリフではないな。君と同じ種族と思われるなんて、こちらから願い下げだよ」


「どうやら、ここから落ちる覚悟ができたみたいだな」


 ネクロがケタケタと声を上げながら笑い始めた。


不合理ふごうりだよ、トランスポーター。君の言動は不合理だと思わないかい?」


「……どういうことだ」


「君は私をバケモノと呼んだ。その上、人間であるかどうかさえ疑った。それならば、なぜここから落としたくらいで、私が死ぬと思ったんだい?」


 このゆさぶりにはねらいがあった。ネクロは会話しながら、着々ちゃくちゃくと手はずをととのえていた。


「何を言いだすかと思えば。今から試してやろうか?」


 疑念をいだきながらも、トランスポーターは意地をはった。自身と同じ能力を持っていれば、落下からの脱出はたやすい。


 しかし、普通の人間がこの高さから落下すれば、無事では済まされない。ふと眼下に目をやると、ゴーレムが城壁付近に集まりだしていた。


「そういうことか。ゴーレムどもに受け止めさせようという算段さんだんか。浅はかだな。お前は僕の能力をよく知っていると思ったんだけどな」


 対象のみを『転送てんそう』するには、相手の同意が必要だ。だが、接触を続けていれば、自身のそれに巻き込むことはできる。必ずしも、この場から落とす必要はない。


「ああ、知ってるとも。しかし、浅はかなのは君のほうだ。確か、他人の場合は同意が必要だったよな? 自由にしたまえ。どこへでも好きな場所へ飛ばせばいい」


 ずばり、ネクロのねらいはここから落下させないことだ。それは彼にとって都合が悪かった。


「実は、私を助けさせるために、あいつらを呼び寄せたんじゃない。ついさっき、君の殺害をあいつらに命じた。ほら、よく見てみなよ。まるで舌なめずりでもしながら、君を大好物でも見るかのような目で見ているだろ?」


 ネクロの言葉通り、むらがり始めたゴーレムは、主人の落下にそなえる様子はなく、自身を一心いっしん不乱ふらんに見つめている気がした。


「鬼ごっこは得意かい? まあ、得意なんだろうけどさ。もし、逃げきる自信がないなら、しっかりと私を殺せ。確実にな。さもないと、君が死ぬことになるぞ。キヒヒッ」


 ネクロにとっての最大の懸念けねんは、落下直後に生死せいしの確認に来られることや、『うつわ』からの脱出前に死体の回収が行われることだ。


 要は、はるか遠方えんぽう――生死の確認が必要のない高さまで『転送』されたほうが好都合だった。


 トランスポーターがここから落とすことにこだわれば、ゴーレムに救出させれば良い。遠方なら時間がかせげ、『器』からの脱出に余裕が生まれる。


「最初からそのつもりさ。おどせば、尻込しりごみするとでも思ったのか?」


「キヒヒッ。顔に似合わず威勢いせいがいいな。お前のことをあなどっていたよ。私が『盟約』に加わらなかったのを、お前は能力の出し惜しみと表現したな。本当の理由を教えてやろうか?

 ネックだったのは、署名しょめい者同士の殺さずの制約せいやくだ。理由は言わなくてもわかるだろ? それに参加したら、お前らが殺せなくなるからだよ!」


 『転覆てんぷく巫女みこ』と同等の能力を有し、ネクロの親玉ともくされるマリシャス。自らを殺すことで恩恵おんけいを受ける存在として、その名前が彼の頭にうかんだ。


 マリシャスが全ての力を取り戻すには、トランスポーターを含む他の六人から『誓約せいやく』解除の同意を得るか、殺害するかしかない。


 『お前ら』と表現したからには、同じく『盟約』に参加する『最初の五人』――ローメーカーとエクスチェンジャーの二人も念頭ねんとうにあるのは明らかだ。


「そういうことか。最終確認だ。お前自身があやつり人形だったりしないよな?」


「それはない。あれだけの数のゴーレムを動かしているんだ。これに加えて、人間一人を意のままにあやつるなんて、私の能力の限界をこえている」


 ネクロが挑発的な笑みをうかべた。


「こちらも、いま一度問おう。――本当にここからでいいのか?」


 トランスポーターは決めあぐねた。こちらの判断の甘さを指摘してきし、別の場所へ落とすよう誘導していると思えた。だが、その意図は見当もつかない。


 反対に、ここから落とすよう仕向しむけているとも考えられた。この高さからの落下では、死なないと考えているふしがあり、それを確かめたい気持ちもあった。


 しかし、トランスポーターは挑発に乗ることにした。とことんまでやりつくすと決めた。ネクロの言動は、死のふちに追いつめられた人間のものではない。


 下手にゴーレムによって救出されるのだけはさけたい。自身でさえ落下地点が予測できない場所へ飛ばす。その上で相手が生き残れば、人外じんがいだという確証も得られる。


遺言ゆいごんはそれでいいか?」


「……ローメーカーによろしくな」


    ◆


 ネクロが『転送』されたのはレイヴンズヒルのはるか上空――高度こうど三千メートル。


 トランスポーターも具体的な座標ざひょうを心に思いえがかなかった。能力の限界ギリギリの地点まで、ネクロをいざなった。


 そこは雲をも見下ろせる高さ。ネクロは垂直降下する最中、耳をつんざく轟音ごうおんを気にかけず、眼下に広がる雄大ゆうだいな景色に目もくれなかった。


 空を見上げながらだいの字になり、つつみ込むような空気のベッドに身をまかせた。そして、ネクロは夢想むそうにふけりながら笑った。


 容赦ようしゃのない仕打ちに感服かんぷくしていた。恍惚こうこつとした表情でほくそ笑み、相手の冷徹れいてつ冷血れいけつな行為に賞賛しょうさんを送りたい気持ちだった。


「ローメーカーではなかった……。最も警戒すべきはローメーカーではなかった。さて、どんなやり方であのクズを料理してやろうか。キヒヒッ」


 不気味な笑い声が自然とこぼれだす。トランスポーターに復讐ふくしゅうする様を妄想もうそうしながら、興奮に打ちふるえた。


 時間にして三十秒足らず。ネクロは誰に気づかれることもなく、西地区の一角いっかく墜落ついらくし、筆舌ひつぜつにつくしがたい異音を立てて、無残むざんな姿になり果てた。

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