スカイダイビング(中)

     ◆


「それで、何なんだい。私に用事があったんだろ?」


「お前に聞きたいことがある。正直に答えたら、命だけは助けてやる。あらかじめ言っておくが、少しでもおかしな動きをとれば、ここから投げ落とすぞ」


「ずいぶんと不公平ふこうへいな条件だな。口は動かしてもいいんだよね?」


 ネクロにあせった様子はなく、人を食ったような態度をあらためない。この状況から脱出できる手段を持っているとしか思えず、トランスポーターは警戒感をにじませた。


「三年前、お前が俺たちの前に姿を現した時、〈転覆の国〉からやって来たと言ったよな?」


「ああ。事実、私は直前まで〈転覆の国〉にいた」


 トランスポーターは単独行動をとっていたため、当時その場におらず、直接耳にしたわけではない。後日ごじつ、ローメーカーの口からその話を伝え聞いた。


「疑っていないさ。実際、お前の話と、僕が知っていた話は符合ふごうしていた」


 情報の真贋しんがんについて、ローメーカーから助言を求められ、彼は二回目の会談に同席した。ネクロの話は、自身が〈侵入者〉経由けいゆで得た情報と大差たいさなかった。


 トランスポーターは〈侵入者〉の誰かから聞きだした可能性も考えたが、ネクロの話は、じかに見聞みききしたとしか思えないほど、しんにせまった内容だった。


「この国へはどうやって出入でいりりした」


「そのことを根に持っていたのか。三年前に共闘を持ちかけた時は、むげに断られたが、もしかしたら君のがねだったのかい?」


 トランスポーターは〈転覆の国〉にアクセスできるのは自身の特権と考え、それを独占できることに、この上ない価値を見出みいだしていた。


 しかし、十年以上かけても目立った成果せいかをあげられず、壁にぶつかっていた。そんな折、追い打ちをかけるような二つの事実が判明した。


 一つ目は、パトリックの〈催眠術ヒプノシス〉によって、知らないうちに、自身の情報が相手方へつつぬけになっていたこと。二つ目は、〈転覆の国〉から来たとふれ回るネクロの存在だ。


 自身の特権をおびやかす者の登場が、ローメーカーの『盟約めいやく』に加わるキッカケ。その時は、ネクロと手を組まないという交換条件を出した。


 自身が不在のまま事が進むくらいなら、屈服くっぷくするかたちでも、旧知きゅうちのローメーカーと手を組んだほうがマシだと考えた。


「そんなことはどうでもいい」


「そういえば、君はあの後すぐに『盟約』に加わったな。そうかそうか」


 ネクロはバカにするようにしたり顔で言った。


「ずっと自分の庭だと思っていた場所が、ある日、自分の庭でなくなっていた。これはその腹いせってわけか。まるで子供だね。キヒヒッ」


「……質問に答えていないぞ」


 図星ずぼしだったが、トランスポーターは平静へいせいをよそおって、淡々たんたんと言い放った。


「何てことはない。たまたま見つけた船に乗っただけだよ」


「船でこの国へ来ることは不可能だ」


「それは百も承知してるさ。例え話で言ったまでだよ。はっきり言わなければわからないかな? 君の用意した船に乗ったんだよ、船大工ふなだいくさん」


 ネクロといえど、物理的に隔絶かくぜつされた世界を行き来することは不可能。彼のとった手法はいたってシンプルだ。それはトランスポーターが送り込んだ〈侵入者〉を殺害し、自身の『うつわ』としたのだ。


 ネクロは自身の正体をほのめかしていたが、頭にきていたため、その事実に考えがいたらない。今は相手をこけにすることを、心から楽しんでいた。


「お前のような、気味の悪いやつと取引したおぼえはない」


「それは君の洞察どうさつ力に欠陥けっかんがあるだけさ」


 トランスポーターは帰還した〈侵入者〉から報告を受け、内容に応じた報酬ほうしゅうを支払う。その時のネクロは、正体を見やぶられることなく、そつなくやりすごしていた。


     ◆


 ネクロの答えには釈然しゃくぜんとしない点が残されていたが、トランスポーターは次の質問へ移った。


「もう一つ、聞きたいことがある。マリシャスというやつを知らないか?」


 ネクロがかすかに動揺どうようを見せる。表情から瞬時にうすら笑いが消えた。


「知っているようだな」


「……どこでその名を知った」


 ネクロは表情をくもらせ、口調も変えた。


「お前がマリシャスだったりするのか?」


軽々かるがるしくその名を口にするな」


 ネクロの声には怒気どきがふくまれていた。あまりの変貌へんぼうぶりに、トランスポーターが当惑とうわくをおぼえるほどだった。


「その話しぶりだと、子分ってところか。居場所を教えてもらえるか?」


「たとえ知っていても、お前に教えるわけがない」


「だったら、お前のかたきを討たせてやるから、連絡先を教えてくれ」


「残念。『あの御方おかた』は深遠しんえんなお考えをお持ちだ。お前はもちろんのこと、我々の考えでは遠くおよばないところにいらっしゃる」


「マヌケな子分は信用できないってところか。まあ、子分がこれだと、親玉おやだまもたいがいだろうな」


 生みの親たるマリシャスを侮辱ぶじょくされたことで、ネクロは豹変ひょうへんした。声をあららげて、ツバを飛ばしながら、こう言った。


「だまれ、この出来できそこないが! 『あの御方』がお前らを見かぎったのも、今なら身にしみてわかるよ」


     ◆


 ネクロは『転覆てんぷく』前から存在しているが、一時的に父たるマリシャスの記憶を失った。だが、行動を共にしていたため、改めて巫女みこ抹殺まっさつという使命を与えられた。


 マリシャスは秘密主義であり、放任ほうにん主義でもある。時おり再会したものの、行動を共にすることはなかった。他の仲間――スプーやサイコと同様、ネクロもその行方を知らない。


 マリシャスは手下てしたの〈使い魔デーモン〉を二手ふたてに分けた。ネクロはスプーと共に〈転覆の国〉で大半の時を過ごした。


 彼らは〈闇の力〉を用いることができる〈樹海〉を活動拠点とした。そして、人々を〈樹海〉から遠ざけるために数々かずかずの工作活動を行った。


 その手口てぐちはというと、恐怖体験を味あわせてから気絶させ、その後、近隣の村へ送り届けて、噂を広まらせるというものだ。


 時にはスプーもその役目をになったが、いわゆる『樹海の魔女』とはネクロのことだ。


 彼らが地道じみちに活動したおかげで、木材の伐採ばっさい目的以外では、人々は〈樹海〉へ立ち入らなくなった。

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