第9話「想定外」
楽しそうに笑う彼がいる。どこか疲れているようだけれど、笑ってくれている。
――次はどこへ行こうか。
夕闇に包まれ始めた世界で、賑やかな世界を二人で歩く。それだけで良かった。それが良かった。そう、してみたかった。でも何か――。
「なぁミカさん、次はどうする?」
「……え、はい。そうですね。どうしましょう」
声をかけられた吉岡の反応が一瞬遅れる。ああ、そうだ私は今ミカさんだったのだと。望んでいたはずなのに、こうして二人で歩くのが。でも彼の目は私を見ていなかった。
自分からこの役を取ったはずなのに、吉岡は表面上順調なデートに心が冷めていくのを感じていた。それでも、目の前の三嶋には隈が出来、顔色悪く、心なしか頬もこけ始めていたから、彼を助けるためには続けなければならない。
『これ、ただ二人のデートを覗いてるだけの出歯亀なんじゃない? 華の高校二年生の夏祭り。何が悲しくて三嶋のおでーとを監視しなくちゃいかんのか』
『ぼやくな大神田。気持ちはわかるが、あの進み具合は結構危険だぞ。予定通り、こちらは音に集中するから、何か見た目での異変があったら教えてくれ』
『ん、了解了解』
二人の様子を監視している大神田からの通信が切れると、裕哉は目をつぶり耳を澄ませた。虫の音や出店を楽しむ人々の声、焼けた鉄板の立てる音や発電機の音。それらが水に潜ったかのように遠く、くぐもっていく。
人々の意識が向いている方向、生命力の発露。それらが濁流のような一つの音と成って裕哉には感じられた。そこから海塚の維持している結界と、護符の補助を得て、目的の飛縁魔の音のみを拾い上げ集中する。
代々神霊との関わりを五感で担ってきた櫛見家において、裕哉が得たのは耳、聴覚の力であった。元々はただ音として聴くだけだったその力は、たゆまぬ鍛錬によって単純な聞き分けから、選別や感知の能力として昇華されている。
今回はこの力で、本来は見えようのない、安藤美夏と吉岡千恵美の同調を感じ取り、そのタイミングで灯里と光里の力で分離しかけた飛縁魔自体を討伐するという作戦だった。調査と結界維持をこの地の守護者である海塚が行い、裕哉が聴き、そばに付きながら精神集中している灯里と光里で決める、蒐集部総出の対応であった。
本来なら彼女役を大神田が務めていたはずだが、今回は仕方がない。とはいえ、色々と納得いかず腐るのもわかるし、そんな大神田に二人のデートを見せつけるような監視役を選んだのは失敗だったか。と、音を捉えながら思考する裕哉だったが、ふいに現実的な雑音が装備していた無線機から鳴った。
『あー、裕哉君。問題発生。あの二人、不良に絡まれてるんだけど』
『……なんだって?』
他の浮遊霊や淀みが影響しないよう、結界などの準備を行い、万全の体制を整えていたはずの裕哉ではあったが、流石にそれは想定外の事態だった。
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