第5話「接触」
案内された先に、三嶋は立っていた。学校裏門から出ると繋がる、川沿いの小さな道。そこから更に獣道のような、土がむき出しで、両脇にたつ木々を抜けた先の空き地で。三嶋照之は一人立ち尽くしていた。
一体いつから、どのくらいそこにいたのか、裕哉にはわからなかったが。その身を覆う、黒い靄のようなものが、長時間そこに居ただろうと思えるほど、濃くなっているのが見てとれた。
話し続けていたということだったが、今の三嶋は声を発することなく、空き地に併設された管理小屋を前にふらふらと揺れている。
「櫛見君、櫛見君。見ました? なにか寒気というか、ぞっとするような感じしません? 蒐集部ってああいうのわかるんですよね?」
横に立つ吉岡の声がくぐもって聞こえた。裕哉の聴覚がとらえているのは、湿地を何かがずるずると這いまわるような、それでいて脈打つようなリズムを持った異音。感覚に直接干渉するかのようなそれは、本能的に背筋を冷やし、そちらを見るだけで圧迫感があった。
「吉岡って言ったか。ここに居ろ。絶対に出て来るな」
「へ? ちょ……」
裕哉は返事を待たず前へ出た。戸惑う吉岡を無視し、空き地の真ん中ほどへと迷いなく進む。ほどなく、黒い靄と目が合った。
「おお、裕哉じゃねぇか。部活終わったのか?」
「いや、まだ活動中だよ。今まさに、と言ったほうがいいかもしれないけどな」
こちらに反応し振り返った三嶋の顔を、裕哉は見ることができなかった。まとわりついている靄がお互いの間に漂っている。果たして三嶋の目にこちらはどう映されているのか。
裕哉は感覚で視られている、認識されているというのがわかったが、音の感じは変わっていなかった。これは、三嶋から精気を吸っている音だ。食事中だから、直接的な何かをしない限り動く気がないのだろう。
「ふーん。よくわからねぇけど、そんなことより見てくれよ。この美人さんを!」
いつもの調子で話しかけてくる三嶋は、楽しそうに、誰もいない壁の方を示した。
「ミカさんっていうんだけど、驚きなことに俺と意気投合しちまってよ」
「それを自分で言うか。それで、そのミカさんっていうのは何処にいるんだ?」
「フッ……。よせよ裕哉。男の嫉妬はな。見苦しいん、だぜ? ま、気持ちはわかるがミカさんのことは諦めてくれい。なにせ俺とミカさんは、一緒に星祭に行くことになったからな!」
そう三嶋が得意気に宣言した時、わずかに鈴の音のような高い音が響くのを、裕哉の耳は捉えていた。依然ぐずぐずとのたうち回るような異音は続いていたが、紛れる音色を逃す裕哉ではなかった。
「そうか。そりゃいいな。精々一人の祭りを楽しんでくれ」
「おう。悪いな裕哉」
裕哉は会話を終えると、即座に踵を返し、吉岡をも無視して空き地を出て行こうとした。隣を通り過ぎていく裕哉に、吉岡は慌てて追いすがる。
「え、ちょっと。あれ、何だったんですか? 今でも鳥肌がたってるんですけど」
「あれは憑りつかれてるな」
「へ? だ、大丈夫なんですか?」
歩みを止めない裕哉に、吉岡は何度か空き地を振り返りながらもついていく。
「あのままじゃ危ない。数日で殺される」
「ちょ、除霊とかしてくださいよ!」
「無理だ。根を張られている、と言えばいいのか? 今の状態で無理矢理は剥がせない。だから一旦部室に戻る」
「そんな……」
ただちょっと不気味な感じがする、それだけで裕哉を連れて来た吉岡にとって、語られた内容は受け入れ難いものだった。それでも、一切の迷いを見せない裕哉の態度に、吉岡は不安を抱えながらも従うしかなかった。
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