第10話「台無し」
『何があったんだ』
『体力吸われてふらついてる三嶋が、もろに足踏んだみたい。あ、不良三人に連れて行かれそう』
『どうしましょう兄様。ひかり様に出てもらいますか?』
『冗談。俺が行く。他は予定通り待機。幸い、肩書は警備だしな』
結界により霊的な音が集まるよう工夫されていた休憩所を飛び出し、裕哉は走った。石畳は人が多かったので、出店の裏を走る。店番をしていた人たちは何事かと振り返ったり、飲食物を取り扱う場所では怒号もあがったりしたが、気にしてはいられない。
大神田の無線による誘導で、裕哉はすぐに三嶋たちを視界におさめた。二人と三人は出店から少し外れた脇、ちょっとした広間となっているところでもみ合っていた。裕哉からはあと出店4店舗分といった距離だった。
しかし事態は動いた。無理矢理吉岡を引き寄せ、三嶋へと見せつけていた赤毛の男が、引き寄せた吉岡に至近距離から平手打ちを食らったのだ。激昂した男が何かを叫びながら手を振り上げるのを見て、裕哉は焦る。まだ遠い。
息を呑み、身を固くした吉岡に、振り上げられた腕が振るわれた。上から力任せに振り下ろされた一撃が、重い音を響かせる。
振り下ろされた拳がめり込んだのは、ぎりぎりで割って入った三嶋の顔だった。その行動に固まった赤毛の男だったが、余計にそのことが気に食わなかったのか、三嶋の腹に更なる追撃を入れた。
「なにやってんだお前ら!」
男が続けて拳を振り上げるのを見て、裕哉は大声をあげていた。互いの距離は2店舗分といったところで、割って入るにはまだ遠かったが、動きを止めるには十分な距離だった。
「なんだお友達かぁ?」
「違う。神社の手伝いで警備を任されてるものだ。今警察を呼ぶから、先に事情を聞かせてもらおうか」
「なにを偉そうに生意気な口をきいてやがる」
「お、おい警察はやべぇだろ」
口上を聞いた赤毛の男は、更に興奮した様子で駆け付けた裕哉へと詰め寄った。他の二人は裕哉の言ったことに動揺していたが、警察を呼ぶというのは裕哉のはったりだった。ここで事情聴取やら親御さんへの連絡やらになってしまえば作戦が水の泡であるため、はじめから呼ぶ気はない。ただそう言えば、この迷惑な連中が去ってくれるのではという目論見だった。
「びびって逃げると思ってんのかよ? なぁオイ」
見たところ赤毛の男は裕哉とそう年齢は変わらなそうに見えたが、年下に生意気な口を叩かれたのがよほど気に食わないらしい。裕哉の耳が捉えている、意思の流れが、頬あたりをいったりきたりしていた。羽虫が飛んでいるかのように、ちりちりと小さな音が揺れている。
「言い方が悪かった。だが、あんたらもカップル捕まえて二発も殴ったんだ。せっかくの祭りなんだし、事を荒立てたくはないだろう?」
そう、事を荒立てたくはない。騒ぎが大きくなったらデートどころではないのだから。
「はっ、確かにそうだな。おまつりだもんなぁ。……だからお前も、青あざなんて作りたくねぇよな。謝れよ兄ちゃん。口のきき方ってもんがあんだろ?」
「悪いなおっさん。答えはNOだ」
思わず裕哉は言っていた。明らかに許す気のない音を発しながら、鳥のように首を左右に振る威嚇姿が、どうにも癇に障る。それに、こいつはもう二発も三嶋を殴ったのだ。
裕哉が言った瞬間、男は右腕を振るっていた。引き寄せる予備動作なしに、肩ごと振った遠心力の突きである。不意打ちでの狙いは顔面。
それを感じ取っていた裕哉は難なく、左前に一歩踏み出すだけで攻撃を避け、突き出された腕を右手で掴んで男の背後へと回り込んだ。そして、下から回した相手の右腕を引きあげつつ、左手で男の左肩を押さえれば攻防はおしまいだった。
「いて、いてててなんだお前」
「暴行未遂。いや、一人殴ってるから十分暴行罪だな。いいか? 一回だけだ。見逃してやるからさっさと行け。それでも行かないなら警備員として通報する。えーっと、あんた石田昭雄ね」
逃れようとする抵抗が痛みにしかならないと、赤毛の男、石田がもがくのをやめた隙に、素早く尻ポケットの財布を抜いた裕哉は、中に入っていた免許証を読み上げていた。
「くそ。なんなんだお前。わかったよ、行くから離せクソッ」
裕哉が石田を離し財布を放ると、三人は捨て台詞もなしに走って行った。その背中が見えなくなるまで裕哉は視線を外さなかったが、吉岡の嗚咽で本題へとその意識を戻した。
見れば、顔を腫らして座り込む三嶋に、吉岡が覆いかぶさるように泣きついていた。これは、デートどころではないんじゃないか。問題は追い払ったが、こちらの大問題をどうするべきか、裕哉は二人の様子を見ながら今後を憂いた。
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