サウザンド

千歳 

サウザンド


[もしも無人島に持っていけるものを一つ選ぶとしたら、]

そんな書き出しだった。

 字がきれいで丸まっているような感じで、細くて薄い字だった。

[何にすればいいか悩んでしまうところですが、本気で考えても何にすればいいかわかりません]

いきなり答えを出せずに座礁しているけど、何を言いたいのだろう。

[そもそも無機物か有機物かで分かんなくなるし、そこを飛ばして人かモノか、でも微妙だし、無難に食料にしてもパンかご飯か、塩か醤油か豚骨かで迷います]

 それ最後のただのラーメンじゃね。


 飾り気のない事務用の茶封筒に丁寧に切手まで貼り付けてあるけど、中の手紙は少しいい匂いがするような、かわいい紙が入っている。いかにも女子とかが使いそうなきれいでかわいい書式の手紙だった。

 あて先はもちろん俺に。

 差出人も書いてある。

「・・・・・・・・・・」

 その名前に見覚えがあった。ただのクラスの女子の名前だった。

「・・・・・・・・・・」

 これは読んでよかったのだろうか。受け取るべき相手なのになぜか妙な罪悪感がある。好奇心に任せて封を切った自分が悔やまれる。

 いや、待てよ、これってもしかしたらアレか。ラで始まりブで終わるレターか。そうれもう答えじゃん。ただのとか言ってられない。こんな時はやたらと男子高校生特有の単細胞思考が働く。

 けどたぶん違うような気がする。

 それはだって今俺の目の前の教室の机に

「・・・・っつ、す~っ・・・・」

 書いた張本人がヘッドホンをつけながら気持ちよく寝ているからだと思う。


[ 無人島で生きていくにはやっぱり道具のほうがいいでしょうか。モリとかシュノーケルとか。あ、あとウツボ食べたい]

お前はよぬこの浜口か。黄金伝説かよ。とったどー。

もし本人がいたのなら全力でツッコみたくなるような内容ばかりだ。一応目の前に本人はいるけど。静寂が支配する世界で寝ているけども。

クラスの女子生徒、名前はいいや。彼女のショートボブは髪の毛は、白髪染めに失敗したみたいに部分的に白が残ったよくわかんない髪をしている。うつぶせで寝ていると余計に目立つ。

その彼女が送り付けて(決して盗み読んでいない)きた手紙は、相変わらず無人島の話だった。

 さっきまでは調味料の話だった。それだけで一枚も使っていた。調味料のことをそんなにかけるのもすごいと思う。同時に俺もよく投げ出さずに読んだと思う。結局持っていくのはワサビだったらしい。それもう調味料じゃないよね。

[魚で生きていけるかどうかわからないけど、日本人なのでたぶんやってけます。焼いても干しても食べれるし]

 そこ刺身じゃないのかよ。ワサビを選んだ意味よ。

 違うそこじゃない。

だからお前は何が言いたいんだよ。

 ほんの一瞬でもときめいてしまった俺の純情な感情を返していただきたい。

 別に好きって訳じゃないけど、それとこれとは違う。

俺の勝手な思い込みだってことも分かっている。男ってのはここまで単純なのだろうか。

だから予想が裏切られた分、ダメージが大きい気がする。

 紙から匂う香りが鼻孔を刺激する。

なんかワサビの匂いがしたみたいだった。


[けどいろいろ考えて気づきました。敢えてモノばっかり選んでいたらありすぎてキリがないことに。

 そんなわけで少し視点を変えてあくまで無人島で生き残ることを前提としないで、結局死ぬことを前提にヒステリックに考えたいと思います。

 まるで余命宣告された気分で考えてみると、今までの考えがつまんないことに思えました]

俺がさすがにくだらなすぎて読むのをやめようかと思った時だった。もう5枚目になるという所だった。

[無人島ってどんなところでしょうか。温かいところだといいけど北極とかの無人島だったら寒すぎるだろうし。勝手に南国のイメージを持っていたけどどうなんだろう]

確かにそんな気がする。黄金伝説はいつだって夏の南の島だ。確かにそうじゃないかもしれないか。

[そんな楽しむものじゃないかもしれないし、死ぬほどつらくなってる気がする。魚だってウツボだっているかどうかわからないし]

それにしてもよくウツボを押すな。

[せめて死ぬとしたら何か最後に大好物を食べてから死んでいきたい、とか寝ながら死んでいけたら楽だろうにとか思ったりする。現実、そううまくはいかないだろうけど。

 だったら思い出のモノでもいいかもしれない。いや、でもダメだ。思い出すとさみしすぎて死にたくなるかも。あたしのヘッドホンしててもダメかもしれない]

彼女のトレードマークともいえるヘッドホンは現在進行形で彼女を包み込んでいる。

そういえば何を聴いているんだろう。

[一人だって言うのが一番いやな気がする。そうだここだよ。一人っていうのがダメなんだ。そりゃ結構私は寂しがりだもの]

・・・お前よく学校でヘッドホンしながら寝てるよな、もちろん一人で。

 寂しがりやなら他の子とも、もっとしゃべればいいのに。

 幸せそうにして寝ている彼女に目を向ける。

[私に限ったことじゃないけど(たぶん)よく人は一人じゃ生きられないって言うぐらいだから、死ぬ時ぐらい誰かに看取られながら死んでいきたいのかもしれない。

誰にも知られずゆっくりとひそかに骨となるのもいいかもしれないけど、あたしは生きてるときだけじゃなくて死ぬときでも誰かといたい]

 放課後の教室は静かだ。

 運動部の掛け声や吹部の楽器がよく聞こえる。

[別に誰でもいいのかもしれないけど、私は消えてしまうその瞬間まで一種にいたいと思える人がいい。好きってわけじゃないけど。心許せる相手だよ、たぶん]

少し寒気がするけどオブラートに包み切れていないけど言いたいことは分かったような気がした。

[こうゆうのを心中とか相対死っていうらしい。駆け落ちとかならまだしもこれはないでしょと思っていた。でもなんかわかる気がする]

[死ぬ時に死に方を選べるなら、お互い許せるなら、さみしさと消えていきたくないなら]

外からの声は聞こえても教室にいるのは俺と彼女だけ。

教室が広く思える代わりに目の前の彼女が強く意識される。

[もしも無人島に持っていけるものを一つ選ぶとしたら]

不思議と時間が止まったように感じる。

 相変わらず、こっちが罪悪感にかられるほどかわいい寝顔をしてやがる。

 こっちまで寝たくなった。

 気づいたら投げ捨てようかと思っていた手紙は八枚目になっていた。

 こんなに長くする必要はなかっただろうに。

 枕詞が長すぎたな。

[あたしが先に骨となってサンゴみたいに白くなる前提で]



[海を一緒に見続けられる君がいい]

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サウザンド 千歳  @kokoro523

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