或る作家の構想

甲乙 丙

 時間が繰り返される、出来事が繰り返される。そこに繰り返さない人間が現れて壮大な物語が始まる。そういった小説を考えて見るのだけれど、どうにも私の錆びついた脳味噌ではうまく纏められる気がしない。いっその事、頭蓋から脳味噌を取り出してブラシでゴシゴシと磨いてやろうかしらん。


 例えば夢の中に入り込む男の話なんてどうだろう。

 ずっと同じ夢を繰り返し見ている老人がいて、その老人が呼び出した若い青年に頼むのだ。

「私の夢の中に入って、私に繰り返し同じ夢を見せる犯人を捕まえて欲しい」

 青年は訝しみながらもウネウネとした管の付いたヘルメットを被り、眠りにつく。すると本当に老人の夢の中に入ってしまう。

 老人の夢の中にはたくさんの住人が忙しなく動いていたけれど、まるですり減ったレコードのようにふとした瞬間にブブブッといった具合で少し前の動きへと戻る。皆が皆、ブブブッと消えて前の位置へと戻り、また繰り返し動き出すのだ。

 なんとも奇怪な光景の中を冒険する青年の物語、なんてのはどうだろう。


 例えばずっと飯を食い続ける男の話なんてどうだろう。

 目の前にある豪華な食事を幸せそうに頬張る男。パクパクムシャムシャ。

 さあ、食べ切ったぞお、と腹をポンと叩き、ゲフウとおおきなゲップをすると、不思議な事に膨らんだ腹は萎み、目の前にはまた豪勢な食事。あら、美味しそうと男の食欲まで戻っている。不思議だけれど腹が減っているから男はまた幸せそうに頬張る。パクパクムシャムシャ。

 大満足の男が腹をさすり、大きなゲップを吐くと、また腹は萎んで食欲も豪勢なそれも元通り。男はまるで呪いを受けたかのようにその食事を食べ切らなければという強迫観念に縛られ席を立つ事が出来ない。

 その繰り返す一つ一つにおける男の心情を描くホラーなんてのはどうだ。


 例えば同じ死体が毎日同じ時間、同じ場所で発見されるというのはどうだろう。ちゃんと警察が回収した筈なのに、翌日になるとまた新鮮な同じ死体が発見されるのだ。

 調査を開始してみると、怪しいと思う人間が次々に出てくる。同じ死体、同じ時間、同じ場所なのに犯人は全て違う、なんて荒唐無稽なミステリーが書けないかしらん。


 考えてみるものの、どうにも私の錆びついた脳味噌ではうまく纏められる気がしない。いっその事、頭蓋から脳味噌を取り出してブラシでゴシゴシと磨いてやろうかしらん。

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或る作家の構想 甲乙 丙 @kouotuhei

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