憂鬱信長×金魚鉢

たまかけ

とある一日の様子

おもてを上げい」


 昼、家に帰ると何か変な奴がいた。正確には金魚鉢の中から顔しか出ていないけど。


「あっあんた誰……」


 取り合えず、スーパーで買ったちくわとキュウリの入ったビニール袋を机に置く。

 おっおもて、おもてを上げるってどういう意味だ……


「むっお主、もしやわしのことを知らぬ『ぱたーん』か」

「…………」


 やばい、こいつ人の話を聞かないタイプな気がする。

 金魚鉢の前に行って両腕を組み、話を聞く体制をとると、


「お主、わしを誰じゃと心得ておる。そこに座れ、わしを上から見ようとは恥を……」

「はいはい」


 床に座り、下からそいつの顔を見る。古風な感じの男だ。てか、金魚鉢からノスフィア以外の人が出てきたのは初めてなんだが。

 国王としての仕事が忙しいノスフィアは、俺の部屋に毎回来れる訳ではないので、以前のように時間の合間を縫って金魚鉢でやり取りをしていた。

 今日の夜もそうやって会う予定だったので、スーパーで彼女の好きなちくきゅーの用意をしていたのに――どうしてこうなった。


「わしは、織田弾正っ」

「えっ、織田って、信長! あんた信長なの!?」

「いかにも、わしが織田信長じゃが。お主、人の話は最後まで……」

「でも何でこんなとこから、出てきてんすか」


 すげー、ノスフィアみたいに国王とか、下の階に住む勇者や魔王のファンタジーな人たちとは交流あったけど。信長ってすげー。


「何でと言われとうも、わしは状況を受け入れることしかできんからのう」

「既にこういったことは経験済みということですか」


 俺は無意識に背筋を正し、敬語になっていた。


「経験済みというかのう。もう飽き飽きしとるとこやのう。今更金魚鉢から顔だけを出す状況でもさして驚かん。この話も前に来た『非りあ充』の学生にしたばかりだ。どこかの誰かがその様子を『かくよむ』に記して、星300といった多くの共感を得たのやが、わしの現実は変わらん。『同情するならやめてくれ』と言いたいところだ」


 カクヨム、何やら俺も他人事ではないような気がしてきた。

 Google先生に聞いて、"星300以上"、"信長"で検索をかけると、『織田信長の憂鬱』という短編が出てきた。

 たったの1,345文字だから読むことにした。軽快な文章で読みやすく、俺はすぐに読み終わって星を3つ入れておいた。信長さんも大変なんだな、と思わず同情していた。関連作品もあるそうだが、信長を待たせる訳にはいかない。

 ――と考えたものの、他2つの作品もあっという間に読めてしまった。特に最後の『全部転生×憂鬱信長』はメタ発言が俺の好みにドストライクだったので、レビューまで書いてしまった。

 信長の様子を伺うと、彼は少し不機嫌そうな顔をしている。急いで『憂鬱』のトップページを開いて彼に見せた。


「あぁ、やはり奴の仕業やったのう」

「この"板野かも"って人と何かトラブルでも」

「『とらぶる』というか、奴はのう。『とくさつ』や『あいどる』ゆうのを専門と公言しておるというのに、わしのことを面白おかしく書きよってからに。この前はお茶漬け企画やからと、わしに『ぷろっと』に従って物語を書けと迫って来てよのう」

「大変なんですね」


 信長の顔は、またこいつもか、って感じだった。

 俺としてはもう少し彼と話しをしておきたい所だ。


「信長さん、何か食べますか」

「気が利くのう、お主。わしはちょうど腹が減っておったところじゃ」


 俺は今朝の朝刊に挟まっていたチラシを取り出して、信長に見せた。


「これ、今朝おいしそうだと思ったんですよね。信長さんがお寿司食べるかは分からないんですけど」


 それは『熟練職人の技をご家庭にデリバリー』とキャッチーな宅配寿司の広告だ。

 信長は一旦それを見た後、「裏返してみぃ」と言った。

 そこには、『アルバイト・パートスタッフ大募集!』


「その『ちらし』、製作者を見てみぃ」


 信長に言われるがまま、確認すると……


「また、板野かよっ」


 俺はチラシを床に叩きつけ、ビニール袋を掴んだ。

 キッチンできゅうりを細切りにして、ちくわに突っ込んだものを皿に入れてリビングに向かった。


「ちくきゅーって言います。僕の彼女も好きな食べ物なので、ぜひ」


 昼下がりのワンルーム。

 男2人はしばらくの間無言でちくきゅーを噛み締めた。

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憂鬱信長×金魚鉢 たまかけ @simejiEgg

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