DUO

 何か臭い。若年ながら数多の修羅場をくぐり抜け、培われた動物的直感ないし官僚特有の政治的平衡感覚から男はある懸念を抱いた。その一抹の不安は論理を以て具現化することはできない。あくまでも状況から起因する憶測に過ぎず、何ら物的な確証は得られないでいるからだ。

「やはり例の異邦人を生かしておいたことは間違いだった」

 あくまでも男は平静を装いながらも焦燥感を押さえきれないでいる。

「直ちに殺すべきだったのだ。たとい祝日であろうと問答無用に屠ってやるべきだった、然るべき衆目の面前で」

 

「その発言は不敬に当たりますよ。王の勅命を以て下された恩赦ですから、それを否定しようものなら……」

 あなたは大罪人となりかねない。そう言おうとした所を遮られた。

「皆まで言うな。分かっている」


 分かっているとも。現世における最高権力者、神の代行人たるアトランティス王は過ちを犯さない。そう、絶対に。その王の声明に異議を立てるのは反乱分子として認定されかねない行為だ。


 ええい全く、何ということだ。あのドゥカティが噛んでいるとなると尚更始末に負えない。迂闊な真似をすると奴が手を回している連中からどんな仕打ちを受けるものか……今にして思えばあのシノダなる異邦人の処遇を決める裁判のときから腑に落ちない点はあった。調べてみたところ案の定、黒だ。国王に恩赦を求めた裁きの司はドゥカティ派に組みしていた。

 ええい、畜生。俺は辣腕を振るう官吏だと自負していたが、ここに来てその自信は尽く打ち砕かれた。糞、糞、ここまで下手したてに出るしかないとは。


 そう、誰よりも十分に承知しているのだ。この男、デュオは王都に弓引く危険因子を摘発する刑部、王の目ウォッチに就いているのだから。

「そう焦らないことですよ。予言にある〈混沌ヲ齎ス者〉なんてどこまで本当なのか……このアトランティスの長い歴史の中で捕りこぼした異邦人なんて数えたらキリが無い! まぁ、確かに何かと異邦人絡みのイザコザがあったのは事実でありますが、それでいながら今の今まで御国は平和そのものでしたよ。中央学府お抱えの相談役の中にも予言など単なる誇大妄想パラノイアが生み出したおとぎ話だという声が出ているほどではありませんか。そんな中で木端役人の我々がそう神経質になってどうするのです?」


 自分から仕事を増やす役人など無能の最たる例、そう口にするほどデュオの部下――クレストは無神経ではない。


「あの反吐が出るほどのクソッタレ、ドゥカティ総督閣下ポンティウス・ドゥカティが動いている」

 ドゥカティにはポンティウスの二つ名、即ち総督の称号を持つが、これは役職名ではない。単なる諢名である。それも精一杯の皮肉を込められた諢名。そこまで蔑まれるのは単なる成り上がり者にすぎない人間がまるで総督の様に振る舞うからだ。

「それだけでは不服か? 奴の背後に神々がいることは疑う余地が無い」

「まぁ、状況証拠に過ぎないことは否めませんが、怪しいことに変わりは無いです。それに、たとえ不服であったとしても私には拒否権などありませんよ。あなたの命令を忠実に遂行することが私の仕事なのですから」

「ありがとう、誠にありがとう。君の様な部下を指揮するとは刑部冥利に尽きる」


 神々に喧嘩を売るなんてこの御仁は本当にいい度胸をしている。若い故に血気盛んなのは大いに結構であるが。ああ、やはり頃合いをみて辞表を出すべきだったか。彼に付き合っていると命がいくつあっても足りやしない!

 この下級官吏は窶れた顔で年下の上司を睨んだ。どこか諦観しているその瞳はどこまでも無力であった。

「しかし行き当たりばったりでは何の成果も得られませんよ。勿論、あのドゥカティ相手にここまで強気に出られるとは何か策があるのでしょうが」


「分かっているじゃないか」デュオは破顔した。

「なぁに、ちょっとしたアテがあるのさ」

 その宛とは他でもない運命のいたずらにより家業を次ぐ羽目になった三男坊――この王の目の弟のことである。あの最たる危険分子は今、その弟の家に寄生しているというではないか! デュオとしてはこれを利用しない手はない。

 

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異世界社会主義革命 角口総研 @0889_

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