棺桶

朔 伊織

綺麗な「私」

 







 お洒落な美容院で渡されて本屋で平積みされた表紙の綺麗な雑誌片手にイマドキの服を着るの。ラルフローレン、アレキサンダー、バレンシアガ。自分にあった最高の服を私に着させてあげるの。私が着るんじゃないわ、服が、着させて、もらうのよ。



 左手には服に合わせたシックなバオバオのニューアライバル。三角形が集まってできたバッグはいいアクセントになるのよ。でも久しぶりにロエベのバッグも使いたいわ。けど今日はお友達と軽いランチだから面白いバッグの方がいい。雰囲気が華やかになるでしょ。シックなのはまた今度。

 あ、右手にはもちろんスタバがあるわ。今日はティーラテ。イングリッシュブレックファストのオールミルク。美味しいのよ、甘くて。その分明日のトレーニングがハードになるのだけれど。



 バッグの中にはアニエス・ベーのコスメポーチがある。シャネルとかゲランのファンデーションとアイライナー、マスカラ、アイシャドウ、アイブロウ、チーク、ルージュ、ノーズシャドウ、コンシーラー、それに鏡を入れるのも忘れちゃいけない。誕プレでもらったジルスチュアートのやつ。毎回モールのパウダールームに入るわけにはいかないでしょ。



 メイクを完璧に決めたら次は髪型。編み込んで、巻いて。可愛いゴムも必需品。ピンはゴールドやシルバー。崩れないように固めるの。お手入れも大変になるけど、まぁ必要十分条件っていうものよ。



 次は靴を決めなくちゃ。ピンヒールもいいけれどバレエシューズも捨て難いの。でも私はパリコレモデルみたいに背が高いわけじゃない。ルブタン、マノロ。9センチなんて当たり前だわ。足が痛くなっても、気にしちゃいけない。



 アクセサリーは控えめに。コットンパールのネックレスはついこの間買ったばかり。ピアスは小さなサファイア。指輪は細い二連のものを。全部小さいのに1万円超えなんて余裕よ。




 ぜぇんぶ決まったら姿見で一回確認しなきゃ。変じゃないか、流行に遅れてないか。けれど、他人とは絶対的な一線が引かれているか。チェックしなきゃいけないことは山ほどよ。





 ——ドアノブに手をかけて、自分に声をかける。あなたは大丈夫よって。綺麗だから自信を持って外に出て。みんなあなたを見るために振り返る。あなたが振り返るんじゃないのよ、振り向かせるの。ジバンシーのオードトワレがふんわりと香ってスカートがはためく、白く覗くうなじには数本後れ毛がある、たまらなく色っぽく演出してくれてるわ。それに今日はいつもよりメイクがうまくいってる。体重も2キロ落ちた。細い足にスラップパンプスはよく似合うのよ。



 可愛い服。綺麗な服。カッコいい服。お洒落な服。

 可愛いバッグ。綺麗なバッグ。カッコいいバッグ。お洒落なバッグ。

 可愛い靴。綺麗な靴。カッコいい靴。お洒落な靴。



 その全てがあなたを包んでる。なら心配することなんて何一つないじゃない?あなたが一番。TGCに呼ばれたっておかしくない。海外のランウェイ歩いてたって違和感ない。新宿で人を待ってたら?きっと事務所から声がかかる。女優?モデル?選択肢なんて有り余ってるわ。だって綺麗なんだから。



 ——ほら、恥ずかしくなんかない、しゃんとして、前を見て、他の人なんて見なくていい、鏡に映った綺麗な自分だけを見て。ショーウインドウに映る人混みの中の自分を見つけて。エレベーターで降りる階を聞いてくれるかっこいい男の人だけを見つめて。

 完璧な自分だけを、見るのよ。

 綺麗ならみんな見てくれる。完璧ならみんなが振り返って私を見る。

 そうして口々に言うの。あの子かわいい、綺麗って。ああなりたい、めっちゃかわいい、なんであんなに足細いの腰高いの・・・

 









 それこそ世の中の本質よ。それも絶対的な。

 人は外見じゃないとか嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。そんなのまっぴらごめんよ。じゃああなたは髪もぐしゃぐしゃで服もてろってろのだっさいTシャツ着たデブを可愛いって言うわけ。

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそうそうそウソウソ嘘ばっか。

 嘘ばっか。

 人は見たいものしか見ないってよく言うじゃない?あれって、言い換えれば綺麗なものだけしか見ないって言ってるようなもんなのよ。知ってた?わざわざ汚物を見に行く人間は酔狂か、変人か。とりあえず普通じゃない。そういう人間はそういう人だけを見てればいいんだわ。

 世間一般大衆大勢のみんな。街ゆく人は「私」をみる。美しい私を見るの。だってその方が気分がいいから。いろんな欲望が一瞬のうちに生まれてすっごく人間らしくなるの。その中にはもちろん妬み僻みもあるけれど、それも結局は羨望でしょ。羨ましいから妬むの僻むのよ。でも結局は見てしまうのね。人は惹きつけられる運命にあるんだから仕方がないわ。だから、こう言われる。


 綺麗は怖い

 怖いは綺麗


 的を得ていると思うの。とてもね。怖いの根源は畏れ。畏れっていうのは尊敬のしすぎ。逆に怖くなっちゃうくらいに尊敬するの。綺麗っていうのは、それくらいすごいこと。罪を犯したって罰が軽くなるなんていうのはザラに起きるのよ。アメリカなんて最たる例ってやつよ。ほどがあるくらいにね。

 だけどね。

 中身じゃないっていくら言ったって中身で大事なもんもあるのよ。ていうよりもこれくらいしかないけど。

 知性、よ。

 唯一外見に匹敵する大事なもの。知性があれば男が喜ぶバカな女だって演じられるし、地位が上の人間の場合は知的かつ美しい人間になれる。やっぱり誰もが羨むのよ。経済がわからない女よりもきちんと意見ができる人に、本が理解できない女よりも言葉巧みな女に。そして自分を知って、どうすれば相手が私を見るのかきちんと理解するの。マックとかでバカみたいに騒いでる女たちなんて相手にしたくないでしょ。夜景で有名なレストランで大声で常識の通じない会話をしたいのかしら。そうね、知識っていうよりも常識かしら。そこにほんのちょっとの「隙」っていうスパイスも大事だけどね。


 だけど知性だけじゃダメなのよ?そこもきちんとわかってる?

 バカみたいにがむしゃらに勉強して東大入ったって、ヨレヨレの毎日同じような服着た、女を知らない人なんて誰が見るの?自信ゼロの知識だけが取り柄、なんて、ねぇ?





 誰も見やしないわ。





 誰にも見られないなんて悲しいじゃない、生きてる意味ないじゃない。つまらない人生送るしかないのよ。そんなの真っ平御免だわ。私はイヤよ。そんなの。絶対にイヤ。



 だから綺麗でいなきゃ。

 絶対に綺麗でいなきゃ。

 ブランドの服を、バッグを、靴を。


 そうすれば幸せになれるんだから。

 綺麗なら幸せになれるのよ。

 美人ってもてはやされて羨ましがられて。

 勝ち組にならなきゃ。

 生きてる意味がない。































「綺麗にならなくちゃ」







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棺桶 朔 伊織 @touma0813

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