エピローグ 僕とミネコさんはこれからきっと

 ロマンチックの代償は、ヒステリックなお説教だった。


 ミネコさんを送り届けた僕は、もう飛べなくなっていたので、ほんの少し動かし方を思い出した足を踏み出して帰宅すると、玄関で家族が勢揃いした。


 僕は、人生史上生まれて初めて、超必殺技、土下座を決めた。


 中学生にして、本気の土下座を決めることが出来た僕の将来は明るい。そう信じなきゃやってられない。


 とはいえ、お説教がなくなるというご都合展開はなく、内容に関しては、もう思い出したくない。


 夜間外出はもうしないと約束して、お風呂に入って就寝した。


 疲労で眠気が強かったけれど、いつも通りの時間に起床出来た僕の、プロ中学生魂を誰か褒めて欲しい。


 両親に、いつもより長めの祈りを捧げて、もはや慣れた手つきで、柱に背中を預けて、身長を測った。


 新たな箇所に、傷が付いていた。


「え?」


 目測ではあるけれど、確かに身長が伸びている。1センチ足らず。


「え?」


 自分自身が信じられなくて、もう一度背を測ってみるが、結果は同じだった。


 ということは。


「ひゃっほーう」


 歓喜の気持ちに満たされ、自然と足が跳躍を選んでいた。


 今まで全く微動だにしなかった、身長が伸びたのだ。


 これを喜ばずにはいられない。


 しかも飛んでみて気づいたのだけれど、どうしても動きが鈍かった足が、軽やかにとはいかないまでも、自分の意思とほぼ遜色なく稼働するようには、なっていた。


 いてもたってもいられなかったので、早速制服に着替えてカバンを肩にかけた。


 祖母が用意してくれた朝食を食べる時間すら惜しくて、精一杯のいってきますを決めて、僕は外の世界に飛び出した。




 憂鬱に彩られた世界でも、今日はまるでバラ色のように見えた。


 朝早くから活動している生徒たちを、僕は追い抜いていった。


 その朝っぱらからはしゃいでいる同級生が僕なんだと気づくと、驚いた顔で迎えられた。


 どんな風に思われようとも、自由に歩き、走り回り、そして身長まで伸びた僕は、もはや無敵だった。


 前方に、シエラさんを発見した。いつもよりも大分早い時間に家を出ているため、今日は日直なんだろうと推測した。


「おはようシエラさん」


「おはようユウトくんえええええええ」


 僕がシエラさんを追い抜くと同時に、シエラさんは声をあげた。


 非常に珍しい、驚愕の表情が張り付いていた。


「どうしたのユウトくん。大丈夫?」


 普通に走っているだけで心配されるなんて、本来であれば失礼な話ではあるけれど、今までの経緯があるので、シエラさんがそういったリアクションをとってしまうのも、無理はないように思った。


「体の調子がすこぶる良くてね、思わず走り出したくなっちゃったんだ」


 困ったような表情で迎えられた。


「そっか。びっくりしたけど、体調いいのは良かったね。無理はしないでね」


「うん、ありがとう。そんなわけで、もうちょっと走ってくる」


「無理はしないでって言ったよね」


 シエラさんがそう言い終わる前に、僕は走り出していた。


 まあでも、困ったような表情をしながらも、シエラさんの口元は笑っていたから、きっとこれでいんだと思う。





 調子に乗って、町中を走り回っていたため、校門前に辿り着いたのは、結局始業の十分前だった。


 こうして走り回るのはとても久しぶりで、大切なことを忘れてしまっていた。


 走るってことは、体力をかなり消耗する行為なんだよなあ。


 以前は当たり前だったことも、実感が途切れてしまえば、いずれ忘れてしまうだということを思い知った。


 まあいいや。そろそろ教室に行かなきゃ。


「ユウト」


 声がしたと認識した直後、すぐさま背中に衝撃を感じた。


 言うまでもなく、ミネコさんが背中に張り付いていた。


 中学校前でバカップル以上にバカみたいな光景を演出してしまっているけど、正面からお互いを見つめるのも、なんだか気恥ずかしく思った。


「聞いて聞いて。今日すっごく良いことがあったんだ。なんと1センチも成長してたんだよ。どこがとは言わないけど」


 ふっふっふと怪しく笑い、ミネコさんは背中に体を押し付けてきた。


 今まで意識はしていなかったけど、言われてみるとなんだか成長しているような、なんて気になってしまう。


 けれど、そのことを指摘するのには、中学生男子にはハードルが高かった。


 まあでも、中学生から高校生になって、もしかしたら大学生や社会人になっても、関係が続いていけるのだとしたら、きっといつかはこのことをからかえる日もくるのかもしれない。


 そんな不確定な未来を、とても楽しみに思った。


 僕とミネコさんが、同時に成長していたなんていうのは、偶然にしては出来すぎているような気がする。


 もし何かしら説明をつけられるとしたら、きっとあの魔法は、子供の時しか使えないというよりは。


「ねえねえユウト」


「何かな?」


 ミネコさんの言い出した一言に、とても失礼かもしれないけれど、僕は驚愕のあまりミネコさんを落としてしまいそうだった。


 ただ、僕とミネコさんは、目には見えない一歩を、やっとのことで踏み出せたのかもしれない。


 そのことを、僕はとても嬉しく思った。


「勉強、教えて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月堕とすキツネと月ウサギ 遠藤孝祐 @konsukepsw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ