第11話 救済者

 東儀は、発電所にたどり着いた。


(生き残りは皆無か……)


 手に持った銃は、引き金を引くだけで鉛玉が炸裂する状態。

 東儀は足音を抑え警戒をしながら、施設内部を捜索する。

 銃床ストックを肩に当て進む。彼の靴には血が染み込んでいく。


(こりゃ、酷い)


 中央、外国人の多くが生きていた場所には、死体の山が積まれていた。

 彼らはクラムシェルPCの周りに集まっていた。

 抵抗した後は見られない。奇襲に対応できなかったか、抵抗する武力チカラを持ち合わせていなかったか、東儀は後者であると考えた。

 東儀は、PCに近づきあるものを引っこ抜いた。


 瞬間――東儀は前に身体を回し、壁に身を隠す。


 しかし、遅い。鉛玉は東儀の肩を掠め、そこからは血が流れ始める。


「おい、僕は峰崎東儀、"解放軍"司令官だ。顔を見れば分かる。っ……」


 続く銃声、敵は複数人による波状攻撃。交渉の余地がないことを示していた。

 東儀は、コートの内側から手投げ弾を取り出した。壁に背を預けたまま後ろ手に投げる。


 閃光――非殺傷性の音響閃光弾フラッシュバン


 散発的になった銃声。

 東儀は続けてもう一つの手投げ弾を投げ、立ち上がる。


 爆発――純粋な殺人爆弾グレネード


 奥へ逃げる敵を認め、少しずつ間合いを詰める。

 殻薬莢が彼の足元、赤いアスファルトに転がる。


(クソッ、このままでは逃げられて)


 敵は解放軍の服装をしている。反乱だ。首謀者の予測も東儀にはついている。

 いくつかの戦闘部隊とも連絡が付かなくなっている。

 そんな中、アジトの治安維持、そして新手の戦術機の対処に人員を回しているし、東儀が勝手に外国人を匿っていた場所へ部下を連れてくるのは避けたかった。


 ――銃弾は常に前から飛んでくる訳ではない。共通の敵がいるからこそ、人は横に並んで戦える。


 敵はどうやらここで東儀を殺すつもりでもないらしい。あわよくばを狙ったのか、張りぼての体制であることを示しているのか。

 消極的な敵の行動だけで判断することは難しい。

 狙いを澄ませ、血を伴う威嚇射撃を続けていると、インカムに連絡が入る。


『こちら、CC、阪柳、敵戦術機のアジト侵入を目視で確認』


(CC隊長がやられたか。雨儀は……)


 東儀は、敵への威嚇射撃を続けながら、そしてアジトへ引き返そうとした。

 インカムのチャンネルを切り替えた。東儀の言葉を遮って、片耳からは雨儀の声が。


『トーギ、まさか、こっちに戻ろうとしていないよね』

「あぁ、戻る」

『いや、話聞いていないよね』


 東儀の目の前にいた敵は、もう見えなくなっていた。

 ついに外国人たちを襲撃した奴らの顔を拝むことはできなかった。

 東儀は愛娘に声をかける。


「僕はお前を守る為に……せっかく再会したんだ。やっと会えたんだ。僕はお前を……」

!』


 雨儀はすべてを聞く前に声を重ねた。


「私はもう守られる存在じゃない、子供ってね親が思ってるより早く成長するの。そりゃもう19年くらいね」


 いや、それは。東儀の言葉を雨儀は掻き消す。


「父親なら振り向くな。子供ってね、でっけぇ背中をみて育つの。他人にそれを見せてどうする、肝心の子供には心配で見苦しい顔をみせるって笑い話にもならないからね……アジトのことは、いや、敵戦術機のことは任せて。父さんは、みんなを守るために兵器を」


 東儀が何かを言う前に彼女はインカムの電源を落した。

 息を吸い込み、脳に酸素を行き渡らせる。


 雨儀は、ガレージに向かって走っていた。

 稲垣の言葉からもう一つの結論仮説に行き着いたのだ。


――敵戦術機には"機動隊員"が

 

 字面だけでは搭乗者パイロットが機体に乗る、当たり前のこと。

 数回の戦闘で敵機の動きからも、訓練を受けた人間の操縦であると雨儀は感じた。

 しかし、戦術機にコックピットは存在しない。

 そのことが意味するのは……


「雨儀さんっ、どうしてガレージここに」

「それこそ、狭山君は何を」


 ガレージに到着した雨儀が見たのは、鹵獲した戦術気BR-101を整備する狭山の姿であった。

 彼は雨儀の問に、機械油で汚れた笑顔を向けた。


「自分、機械いじりこれしかすることないんで。"軍"として銃触ったことはあるんですけど、向いてないんですよね。自分、できること、好きなこと、それさえやっていらいいって、峰崎司令官も言っていましたしね。雨儀さんも同じ考えですよね、親子ですし」


 雨儀は、自分の命令に"部下"が従っていたのが司令官の娘であるということを彼らが知っていたからだと理解した。


「でもこの機体、どうやって動かすか分からないんで、完全に自己満足なんですけどね」

「狭山君、今しているのは前に私が言った"修理"のことなの」


 狭山は当然のことのように否定した。"修理"は終了し、今は装甲の補強などを行っていると。

 無駄にこだわり、指示されたこと以上の働きをする典型的日本人の狭山に向け、グレードアップはキリの良いところで終えるよう雨儀は伝える。


「使い方分かるんですか」


 雨儀は以前BR-101を調べた時気になった個所を再び調べる。

 稲垣に聞いた行方不明者の人数、東儀が教えてくれた敵戦術機の遭遇した数が似たり寄っている事実。

 そして、脚部に存在する"neural interconnection interface"と書かれた部位。


「多分ね」


 完了の合図を伝える狭山に雨儀はそっけなく答えたが、


――行方不明者、つまり、戦術機の"搭乗者"になった者は今現在、確認できた者は例外なく廃人ないし死亡している。


――また、稲垣が2063年に来る少し前、機動隊の部隊長クラスの人間が多く行方不明となったという。


 部隊長とは、雨儀と同等の身分、つまり、最新機BR-202の搭乗者であるということ。


 不幸中の幸いか、雨儀はインカムの電源を落としていた為、口を挟まれることなく狭山に伝言を頼む。

 狭山は片耳に入った連絡を聞きながら、雨儀の最後の伝言を記憶した。

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