第8話 異邦人

 崩壊した東京を幾つかの車両が走る。"解放軍"の車両だ。


 戦争の影響で多くのものが壊れてしまったが、戦闘用の物資は多く存在する。

 こんな東京のど真ん中に全地形対応車バギーがあるのも、爆発物や火器ライフルを"軍"が所有しているのもその影響であった。


「雨儀、射撃の経験はあるのか」

「一応ね。ただ薬莢なんて初めて見たわ。……それに人を撃ったことなんてない」


 トーギはまた、雨儀の発言に顔を顰める。"未来"ってのは違うな、と思った。

 お目付け役がいる中、煙で紛らわすこともできない。ただ正面を向いたままハンドルを握りなおす。

 ガチャリと音を立てて、弾込めをする雨儀は目的地への地図を確認する。口を開く前にトーギが先を取る。


「……"解放軍"として人を殺した軍人はいねぇ。お前を助けに行った時、施設に人は皆無だった。それはそれは不気味で、な」


 雨儀は、救出したのってどうして私だけなの、と質問した。

 トーギは言葉に詰まった。トラックの確保とかが、と呟き数秒の沈黙。

 それを破ったのは、片耳から入った音声。

 先行していたAAからの連絡だ。


『こちら、AA、下柳T。現在第一目標地点に到着、救出行動に移る。警戒は継続、送れ』


 トーギはインカムに手を当てたまま返事を送り、運搬車両を持つチームを向かわせる。

 インカムのランプは一度待機状態の黄色になったが、すぐに青に戻る。

 BB並びにCCが第二、第三目標で同様に行動を開始する連絡。

 今回、人々が拉致されていると睨んだ場所は全部で12箇所。内一つは雨儀が居た場所で、残りは確実性に欠けるがそのすべてには共通点があった。


 ――地下避難所シェルター


 生存者を探すのであれば、一番に探すであろう場所だ。

 言うまでもなくトーギたちは、地下避難所に向かったのだが、行く手を阻む戦術機の存在があった。


 当時、彼らは"解放軍"ではなく、ただの生き残りの集まりだった。メディアの一切ない中、情報は集めることもままならない状況で、活動は困難を極めた。

 戦争が終わったということしか、日本国民――生き残りは、知らない。

 日本を荒らすだけ荒らした異邦人は、いつの間にか去っていった。もとより、生身の軍人は大方中国人で、アメリカの攻撃というと無人機による遠隔操作が基本だったのだが。


 生存者を探すトーギたちはまず、拠点を探した。探す際に多くの在日外国人が集団暴行を受けているのを見つけた。トーギの制止虚しく、多くの命が散った。

 彼らも我々日本人と同じく、戦争被害者である。八つ当たりも甚だしい、とトーギは考えた。


 暴力を振る側には、豊洲の姿もあった。そんな彼を副司令官としているのは、彼の同胞に対する思い入れの強さをトーギが評価した為である。

 別段、トーギが愛国者という訳でもない。逆に博愛主義者でもない。

 ――ある目的のために"良いアジト"を作る必要があった。それだけだ。だから、救出までに1年もかかった。


 トーギは雨儀に目を送った。本当は連れて来たくなかったが、敵との戦いには雨儀がいるだけでかなり楽になるので、仕方ない。下手に連れて行かないことにすると、部下たちの反感や不信感を買う。


 トーギは発電施設の近くでバギーを止め、歩き始める。雨儀も後に続く。

 2人は柔軟に戦況を見定めるため、どの部隊に属することなく行動している。対人戦闘でないからこそできる配置でもあった。


「それで、私をここまで連れてきた理由は。仮にも作戦中でしょう」

「少しの時間だ。前回の作戦で粗方敵は掃除できたしな……会わせたい人達がいる」


 施設の奥へ奥へと進む。すると、多くの話し声が。ただ、アジトで聞いたものと異なり、詳細に聞けば日本語だが、イントネーションが独特であることに雨儀は気づく。カタコトとも言う。


「トギさん。来てくれて、ました」


 フィリピン系の男がトーギに真っ先に気が付き駆け寄ってくる。その音に一つのクラムシェルPCの前に集まっていたアジア系の人々が寄ってくる。

 雨儀は目の前の光景に驚いた。在日外国人が無事でいること、そして、何故重要なライフラインと隣合わせの場所にいるのかだ。

 外国人の一人が、笑顔で口を開く。


「トギさんの、カゾク、ですカ」


 雨儀は、トーギのことを見た。"こっち"に来て初めて会った男で、家族ってことは、つまり結婚するということ。雨儀の脳内年齢は、今の外見と異なり28歳のままだ。

 渋く人生経験豊富そうで、かつどこか懐かしいような彼と、"前提に付き合う"ってのはやぶさかではない。そう考えた雨儀の横で、トーギは話をぶった切る。


「いいや、何とも、な……お前たちはまた、あれを見ていたのか」

「そデス。トギさんたち、見る、ますカ」

「少しの時間だけだがな」


 外国人らは嬉々としての画面を向けてきた。映しだされたのは、とある動画――戦前の我が国、日本の四季の光景。雨儀はそれの美しき映像に心を打たれた。


 少しして、インカムのランプが青に変わり、片耳から現場の状況が流れこんだ。

 外国人達に別れを告げ、2人は再びバギーに乗り込んだ。

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