第31話 12月25日 桜木南ホテル・瀬山哲平

 瀬山哲平はルームサービスで注文したクラブハウスサンドを口にした。肉厚なターキー、トマトのジューシーさ、レタスのみずみずしさ、味のバランスがとても良かった。


「いきなり告発するとか言いだしちゃって。班目には苦労しましたよ。あの堅物、金でもハニートラップでも落とせませんでしたから。クリーンすぎる人間は嫌いなんですよ。いざというときに弱みを握って落とせませんから」


 クラブハウスサンドを口に詰め込んだまま、フレッシュなオレンジジュースを流し込む。口の中がぐちゃぐちゃな状態で、瀬山は喋り続ける。


「そういえば宇月も裏金はダメだの汚いだの、最後まで抵抗してましたっけ。なんのために政治家の犬やってんだっていうね。大人しくしとけばあんな目に合わなくてすんだのに」


 瀬山が笑うと口から食べかすが飛んだ。笑い方も食べ方も汚いとよく人に言われるが、治すつもりはなかった。相手にダメなやつだと思わせておいたほうが懐に入りやすいからだ。


「その点、神谷先輩は楽で助かります。下半身がだらしないですし、叩けばいくらでも埃が出てくる」


 タバコに火をつけようとした不破剛を見て、瀬山は睨みつけた。


「人が食事してるときぐらい我慢してもらえませんか」

「おもしれーぇな。自分の躾ができてないやつに限って、人の行動に注文をつけたがるってのは本当なんだな」


 不破は忠告を無視し、タバコに火をつけた。わざと瀬山の顔に当たるように煙を吹き付けてニヤニヤと笑っている。


「で、瀬山さんよ。あんた、こんなところで飯食ってて大丈夫なのか」

「ゴキブリとババアの後始末はもう終わりましたよ」


 瀬山はこれ見よがしに手であおいで、煙を拡散させた。

 口いっぱいにサンドイッチを入れたまま喋る瀬山を見て、不破は小さなため息をついた。


「本当に何もわかってないんだな」


 瀬山が飲もうと手を伸ばしたオレンジジュースの中に、不破はタバコを投げ捨てた。

「ちょっと、何をしてるんだ君は」


 不破は瀬山の頭を指差した。

「例えばの話だ。他人の体に脳だけを移植したら、新しい体はどこまでを本人だって認識するかわかるか」


 瀬山はバカにしたように鼻で笑う。

「わかりきったことを。脳の中に意識はあるんだから、新しい体のすべてが本人と認識されるはずですよ」


「それは移植した何秒後? 何分後? どのタイミングで切り替わるんだ」

「医者じゃないんで、そんなことは知りませんよ」

「じゃあ、あんたがその移植で取り除かれた脳だとしたら、その意識はどこに行くんだろうな」


 ニヤリと不破は笑う。獣が獲物を狩るような瞳で見つめられ、瀬山は息を飲んだ。


「心配するな。お前みたいなザコにそんな手術はしねーから。そうだ、知ってるか? お前がゴキブリ扱いしてなぶり殺した藤崎って男、俺の息子にちょっと似ててさ。結構大事にしてたんだけどね」


 不破は席から立つと、瀬山を睨みつけるように見下ろした。

「ゴキブリにたかってるハイエナごときが、綺麗な消え方ができると思うなよ」


 瀬山は急激な眠気に襲われた。部屋の隅に置いてあった大きなスーツケースを不破が開けているのが見える。中には何も入っていない。あそこに入るのはきっと。そう思った時、瀬山の意識は落ちた。




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綺麗な消え方はできません。 @jun0731

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