第30話 12月28日 研究施設・神谷高司

 神谷が再び目覚めたとき、手術台の上にいた。

 目で見える範囲には誰もいない。感覚はないがどうやら全裸で寝かされているようだ。


 手術服を着た男が近づいてきた。マスクをしていても黒すぎる肌の色は隠しきれていない。


「その服、ぜんぜん似合ってませんよ。特にマスクをしてたら怪しさが五割増しですね」

「うるせぇよ。別に俺が手術するわけじゃねぇんだから」


 不破剛はマスクを外すと、口をへの字に曲げた。どうやら本人は似合っているつもりだったようだ。


「こんなところまで連れてきて、一体なんの手術をするつもりですか」


 不破は答えなかった。


「もしかして有村さんのこと、そんなに怒ってたんですか」

「怒ってねぇよ」


 有村勇太の母親が不破の彼女だとわかった上で、神谷は綺麗な消え方を斡旋した。どうせ不破も近い将来処分するつもりだと知っていたからだ。


 不破がいつも夜の街で探しているのは、殺したほうが本人のためになるような人間のクズばかりだ。クズの原石を見つけたら一度はチャンスを与えて育ててみる。それでも改心しないようなら容赦なく始末するのが不破のやり口だ。そういう愛し方しかできない男らしい。学生時代からおかしな男だったが、妻が無残な殺され方をして以来、さらにたがが外れたようだ。


「あんな女は消えても当然だと思いましたが」

「人の獲物を勝手に処分されたら誰だってキレるだろ」

「なんだやっぱり怒ってるんじゃないですか」


 不破はポケットから出したICレコーダーをちらつかせる。


「瀬山を処分したんですか」

「まぁな。体の使えるところは全部抜いてやった。あんなクソ野郎の臓器が金になるかは知らん」


 臓器類を全て抜き取られた穴だらけの死体が、今頃どこかで発見されているということだろうか。


「やっぱり尾崎に真姫のことを話したのは、あなたでしたか」

「うちの上客だったもんでな。使えるもんは何でも使うよ。お前と一緒で秘密を持ってるやつってのは脆いからね。使い勝手がいいんだ」


 不破は神谷の体をじっと眺めた。腕や足を持ち上げて反応を見ている。


「まったく感覚ないのか」

「残念ながら。だからって、あんまり人の体で遊ばないでいただけますか」


 不破が体のいたるところを触ろうとしていたので、神谷は睨みつけた。


「せっかくあの女と綺麗な消え方をさせてやろうとしたのに。中途半端に生き残りやがって。運が良いんだか悪いんだか、よくわからんやつだな」

「文句はあなたの後輩に言ってください」

「ったく、余計な真似しやがって」


 不破は舌打ちをする。


「ついさきほどまで黒風を潰すとか、不破さんを追い詰めるとか息巻いてましたよ」


 一瞬、間が空いた。不破は弾けるように笑う。


「あいつには無理だ。何しろ綺麗な男に惚れっぽい。それに極悪人を助けようとするやつに潜入捜査官は向いてない」

「不破さんだって、人のこと言えないと思いますが。足を洗う前は同じようなことしてませんでしたか」

「一緒にするなよ。俺はあいつみたいに選り好みはしない。人を見る目がないんでね。好きになるやつは全員ろくでなしばっかりだ。おかげで切り捨てるのも簡単で助かるけどな」


 不破が覗き込むように、神谷の瞳をじっと見た。波打ち際の砂の城を見るような、憐れみの目をしていた。


 神谷の頬に生暖かい感触が流れる。無意識のうちに涙がこぼれ落ちていたようだ。

 体を動かせない自分には涙を拭くこともできない。


「命乞いでもしてみるか」

「したら……助けてくれるんですか」

「するわけないだろ」


 不破は無邪気に笑った。

「安心しろ。汚い消え方をさせてやるから」


 手術服を着た医師が数人、中へ入ってきた。頭上のライトが照らされ、眩しさに目を細める。


「黒風でもまだ成功例はないそうだ。お前は六百六十六人目の実験台ってことになるな」

「あなたが組織に入ったのはこのためだったんですね」

「こんなイカれたことができるのは黒風ぐらいだからな。生きながら死に続けてる俺の息子に、夢を与えてやってくれよ。きっといつか暗闇から出られるって奇跡を見せて欲しいんだ」


 麻酔のマスクがつけられる。徐々に瞼が重くなり、意識が遠のいていく。


 不破は苦笑する。

「お前、悪運だけは強いんだろ。運が良ければ、また会えるさ。もし成功したら教えてくれよ。何秒後に新しい体を支配できたか」


 死にたくない。

 まだ死にたくない。助けてくれ。

 そう叫びたいのに声はでなかった。




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