16.再出発のようななにか

 帰省期間を終え、大学のある街へ向かう新幹線の中で、俺はこの夏のことを思い返す。たった数日間でどれだけのことが起きただろう。

 そして、ガキの頃の俺を頭の中で殴り飛ばす。そんなことを考えようが今更何になることもない。けれど、多少気休めにはなる。

 俺はもう、あの一点の曇りもない笑顔を忘れない。

 それが、せめてものけじめになるのかは分からない。

 そして音楽と向き合っている限り、あいつのことを思い出すだろう。

 ふと、罰ゲームというらしきものが頭に浮かぶ。

 チナツさんは、定期的に、なんて言っていたが、その定期は定めてくれなかった。

 優しいなんて言葉は、俺じゃなくてあなたがた一家に似合う言葉だと思う。

 だけどそうやって卑下すると、サユキさんを含めたあの人たちは悲しんでしまうのだろう。複雑な感情を抱えてため息が出る。

 そしてため息をつくと幸せが逃げるとかいうあの定型文が浮かんで、シアワセという言葉からさらにサユキさんが連想されてしまう。

 俺は苦笑した。

 この分では、四六時中あのひょろい姿やら笑顔やらを思い出さなければいけないじゃないか。

『ずっと来てたやつが来なくなったら、また来てくれた時は嬉しいもんさ』

 四藤さんが言っていた台詞まで浮かんできた。

 ……あのあと一回でも顔を出すんだった。あの時の彼女の表情は、忘れられなかった。そう、忘れたいとすら思うくらいに忘れられなかった。真摯で真剣な顔で、俺のピアノを素敵だと断言した。それを俺は斬り捨てたのだ。その罪悪感のために、二度とあの扉を開くことはなくなってしまった。なんて臆病者だよ、かなり不遜に振舞っていたというのに。

 でもそんなたらればを考えることに意味はない。

 だから。

 もう前を向くしかない。

 合奏していたあの月曜日のことや、先日の手紙を、笑顔を、この先俺が進む道に、引きずってでも連れて行ってやろうじゃないか。

 あときっと……今更俺が敬称付けて呼んだりしたら、お前は気持ち悪がる気しかしねぇ。だから。





 連れていくさ、なぁ、春川ナントカ。

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やさしいfff 千里亭希遊 @syl8pb313

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