第21話 彩那のそれから

 夕焼け空の下、部活を終えた兄妹と奏絵の三人は肩を並べて校舎を出た。下駄箱付近はグランドから帰還した運動部員たちの姿で賑わっている。

 校門から少し離れた場所に、見覚えのある車がひっそりと停まっていた。彩那は龍哉を肘で突いた。

 ドアが開くと、案の定、菅原刑事が姿を現した。

「お帰りなさい」

 そう言ってから、

「高齢者詐欺の犯人は先ほど逮捕しました」

と言った。

「ええっ、もう?」

 彩那が目を丸くすると、

「首筋の入れ墨が決め手になりました。本人は隠したがっていたようですから、美容外科を当たってみたのです。そこで容疑者が浮上しました」

「さすが菅原さんですね」

 龍哉が素直に褒めた。

「今日はその報告に?」

 彩那は不思議に思った。それなら捜査班の専用回線で十分事足りるからである。わざわざここまで出向く必要はない。

「はい、実はそのことを真っ先に彩那さんに伝えたくて。警察だって本気になれば、この程度のことは軽くやってのけます。だからお父様のことをそんなに嫌わないでほしいのです」

 彼の必死な態度に心が動いた。

「それから、これはフィオナさんには口止めされているのですが」

 そんな風に切り出した。

「おとり捜査班というのは、都内で三家族がそれぞれ活動しているのはご存じですよね。その中で、最も成果を上げているのは倉沢班なのです」

「ええっ」

 彩那は思わず驚きの声を上げた。

「本当ですか?」

 龍哉も続いた。

「ただし、総合得点は一番低いそうですが」

「いや、その情報は要らないですから」

「それはこいつ一人のせいだとしても、本当に評価されているのですか?」

 彩那は横から龍哉を睨んだ。

「はい、もうすでに二つの事件を解決し、さらに別件で二人を逮捕しています。他の家族はまだ何の実績も出していません」

 隣から奏絵が腕を絡ませてきた。彼女の顔も興奮のあまり紅潮している。

「だからその、彩那さんにはいろいろとありましたけれど、今後も捜査班を続けてもらいたいと思いまして」

 彼には珍しく、つっかえ気味に言った。

「大丈夫です。私は辞めません。たとえクビにされたって続けます」

 自然と強い調子になった。

「それは本当ですね?」

 刑事の顔がぱっと輝いた。

「もちろん、これからも頑張ります」

 彩那は片手でガッツポーズを作った。


 龍哉と二人きりの夕食を取った後、彩那は部屋でフィオナからの連絡を受けた。

 例の詐欺事件が解決したという報告だった。それはすでに聞いていたことだが、敢えて知らない振りをした。

「ところで彩那、学校で龍哉のファンクラブを結成して、マネージャーという立場で会費をせしめているって本当ですか?」

 彩那はお茶を吹いた。

「誰からそんなこと聞いたんですか?」

 むせながら尋ねた。

「小柴内が全部白状したぞ」

 龍哉の声が割って入ってきた。

「ちょっと、誤解よ、誤解」

「アヤちゃん、それ本当なの?」

 梨穂子も飛び込んでくる。

「しかもその会費は演劇部の顧問に没収されたらしいな」

 龍哉の追求は続く。

「結局、あの封筒見つかったんだ。よかった」

「アヤちゃん、いくらお小遣いが少ないからといって、そういう悪いことしちゃあ、ダメよ」

「だから違うっての、お母さん」

「それから、もう一つ聞きましたよ。警官二人を投げ飛ばして、防犯講習を台無しにしたそうですね」

 フィオナが追い打ちを掛けた。

「ついにバレたか。ということは、当然お父さんも知っている訳よね?」

「そういうことになりますね」

「しばらくは顔を合わさないようにしなきゃ。何言われるか分かったものじゃないもの」

「課長の方は、今すぐ腐った性根を叩き直してやると息巻いてましたが」

「そんなのこっちからお断りよ。まさか偉い人から怒られたりしたのかしら?」

「その心配はありません。上層部の会議で警視総監や刑事局長の耳に入ったそうですが、どなたも笑っていたらしいです。倉沢課長はそういう強い娘を持って、さぞかし誇りだろうって。警視庁で、今や彩那は有名人です」

「どんな組織よ、警視庁って」

「広報課では、女子高生に投げられた警官のことは、たとえマスコミに嗅ぎつけられても知らぬ存ぜずで通すことにしたそうです。一応、警察にもメンツがありますから」

「当然、そうしてもらわないと困るわ。一生の恥になっちゃうもの。今の時代、ネットですぐに拡散されちゃうんだから」

「むしろ、担当した所轄署が怒られていて、署員はもっと鍛え直さなければならないという話になっています。

 それにしても、これまでたくさんの家族を見てきましたが、倉沢家ほど面白い家族はいませんでした。この世知辛い世の中、見てるだけで心が和みます」

「あのねえ、当事者はそれどころじゃないのよ。そうだ、この通話、お父さんも聞いているのかしら?」

「どうでしょうか。でも、ここで謝っておいて損はないと思いますが」

「そうよね」

 彩那はすうっと息を吸い込むと、意を決して言った。

「お父さん、ごめんなさい~」


     完

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警視庁高校生おとり捜査班 倉沢彩那出動篇 ぽて @pote82_69

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