数ヶ月後、久我沼にあるギャラリーにて、展覧会が行われた。通常であれば江島や仕事仲間近辺の知り合いや、ごくたまに通りがかりの物好きが訪れるのだが、今回は少し客の毛色が異なっていた。

「うわっ本当に先生だ!」

「メガネないと先生かよく分かんねえな」

「こうみるとちょっとかっこいいかもねー」

 最初はひそひそと言葉を交わしていたのが、ふと大きい声になってしまい、他の客からすこし冷たい視線を浴びてしまう。しかしそれに全く気づかないのが、中学生グループの可愛いところだ。

「ごめんね、ちょっといいかな」

 彼らの傍へと歩み寄り、そういって唇の前で人差し指を立てると、あっやべっといった感じで目を見開き、「すんません」と大袈裟な小声で謝るのも微笑ましい。

 恥ずかしいからとやんわり制止していた澤藤をあえて無視したか、はたまた元来の屈託の無さなのか、泉は彼女の勤めている中学校で大々的に宣伝をしたらしい。先生やPTAからは、「教師の副業はいかがなものか」という疑惑や苦言もちらほら出たが、江島はモデルに対する報酬を全く支払っておらず、全くの「ボランティア」とであることを強調したため、それらはすぐにフェードアウトしていった。


「今までで一番の客の入りだよ」

 江島の隣で、彫金作家の石川が笑みを浮かべながら言った。彼女は江島の隣のスペースで立体作品や、細かいアクセサリーを展示しており、また今回の展覧会の主催者として展示作品の管理もしている。

「騒がしくてすみません」

 自分のせいでは「直接的に」なかったが、それでも遠因には違いないので江島は謝った。石川はからからと笑った。

「確かに。たくさん来てくれるのはいいけど、売買契約は結べないお客様たちだね。あ、でもさ」と言って作品リストを手に取る。

「なんか賑やかだからって入ってきて作品を買ってくれる人もいるし、来た中学生が親連れて来て、その親があたしの彫金リング買って行ってくれたりしたね。だから結果的に今までで一番売上もいいかも」

 といってまた笑った。江島もほっとして笑った。

「残念だねえ江島ちゃん、もっと作品用意してたらもっと売れてたかもしれないのに」

 江島の描いた澤藤の作品は売れなかった。いや、彼女は売らなかった。

 展覧会当初から、作品の横の壁に貼られたキャプションには、予約済を示す赤いシールが貼ってあった。

 作品を見て、この作品に惚れた、是非売ってもらえないかと江島に熱く訴える人もいた。「これって、もう売れちゃってるんですか」とこっそり囁いた、恐らくは澤藤の隠れファンであろう女子中学生もいた。しかし、江島は彼らに対し、丁重に説明して謝った。

「ごめんなさい。この作品はもう持ち主が決まってしまっているんです」



 展覧会はあと数日で終わりを迎える。

 そうしたら彼女はすぐにでもこの絵を届けに行くつもりだ。

 彼らの新居へと。

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絵画と恋 名浦 真那志 @aria_hums

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