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さらに一週間後、泉は澤藤を伴って江島家に姿を見せた。
先週、澤藤を見送ってから泉に謝罪の電話をしようとしたが、時間が遅すぎたので逆に迷惑だと考え、次の日にすることにした。
江島が恐る恐る「こないだは…ごめん」と言うと、「あーこっちこそごめん!昨日ちょっと仕事入っちゃって、電話する暇もなくてね、澤藤さんにモデルついでに伝えてもらったの!」と普段と変わらず、屈託のない明るい声で応えた。
彼女の声は江島を安堵させるには十分だったが、しかし実際に顔を合わせるのにそれからまた一週間の期間が開いたため、泉が来るまで江島は妙な緊張感を持て余すことになった。
「2週間ぶり!」
泉は満面の笑みを浮かべて手を振った。後ろで澤藤が会釈した。
「聞いたよー、11時くらいまでデッサンしてたんだって?次の日澤藤さんすごく眠そうだったよ」
「う、うん。あの…ありがとう」
緊張が解けきれておらず、ぎこちなく言葉を発した江島をよそに、泉はアトリエの中を見回した。
「で、特訓の成果はいかほど?」
「おかげさまで、今は下塗りの段階に入れた。展示には十分間に合いそう」
そう言って乾燥棚からカンバスを取り出して二人に見せた。
泉と澤藤は肩を並べて絵を覗き込んだ。
「やっぱ、かたせちゃんうまい…いやうまい、じゃなくて素晴らしい作品だと思う」
絵から顔を上げ、泉は目を輝かせながら言った。そして決まり悪そうに眉をひそめた。
「やだ私、国語教師のくせしていい言葉が全然思い浮かばない。」
「いや、まだ下絵の段階なのに、そんな褒めてもらって嬉しい、ありがとう」
そう言いながら、江島はあの日ぶりに泉の目を見ることができた。
薄い鳶色をした彼女の目は、曇りなく澄んでいた。その目が細まり、泉が微笑みかけてきたので、江島も自然と頬が綻んだ。
「…で、モデルさんは、いかがですか?作品になったお気持ちは」
おどけた口調で泉が澤藤に意見を求めた。彼はメガネのつるに指を添え、口ごもりながら言った。
「ぼ…僕も、とても素敵だと思います…。ただ」
「ただ?」
江島と泉は同時に聞き返した。その声がきれいに重なって思わず二人は顔を見合わせた。その様子が微笑ましかったのか、澤藤が珍しく声を出して笑った。意外と歯切れの良い、きれいな笑い声だった。
「いや、ははは、じゃなくって、続き言ってくださいよ。」
気を取り直して江島が澤藤に言うと、彼は咳払いをし、ちょっと迷ったのか、目線を上に向けながら言った。
「た、ただ…ぼぼ僕、こんな男前ですか」
今度は江島と泉が笑う番だった。
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