「ふう……」


 大きく息をつく。

 外は相変わらずの曇天だったものの、軽く水気を拭うと僕は静上しずかみさんの家をお邪魔することにした。

 なんだか落ち着かなかったのだ。女の子の家で、しかもその子と二人きりなんて、初めての経験だった。

 静上さんは飲み物でも出そうとしていたが、いつ家の人が帰ってきて鉢合わせるとも分からないから、僕は遠慮して、また明日と言って別れた。


 外に出ると冷えた空気が心地好い。雨は小降りになっていた。今のうちに帰ろう。

 壊れかけのビニール傘を開いてポーチを出る。

 不思議と足早になりながら、僕は雨音の聞こえる住宅街を歩いた。

 新しそうな雨合羽を着た子供がはしゃいでいる。僕もそうして雨に打たれようか、そんなことをふと考えるほどに顔が熱い。

 胸の動悸が治まらなかった。


 いつもと違った帰り道を一人、進む。


 自宅アパートに到着すると、隣の部屋に住んでいる女性と出くわした。なぜだか彼女はびしょ濡れで、白いブラウスが透けて中の下着が覗けていた。思わず目を逸らす僕に苦笑交じりの微笑みを向ける彼女は、それでもなんだか清々しい顔をしていた。

 大人もいろいろあるのだろう。漠然と思う。


 誰もいない部屋に帰りついてから、少しだけ後悔した。

 もう少し、お喋りでもしていれば良かったかな。

 雨宿りでも言い訳にして。



 ――また明日。



 憂鬱な日々に光差す。

 交わした言葉を思い出すと、晴れやかな気持ちになれた。


 ……明日が楽しみだ。

 また雨が降ったら、図書室に行こう。



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雨の日と君の声 人生 @hitoiki

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