巫女華伝 恋の舞とまほろばの君/岐川新
角川ビーンズ文庫
登場人物紹介/序章
◆登場人物紹介
瑠璃(るり)
出水国を守る巫女。しかし幼い時に母を亡くして以来、神さまを信じられない。
紫苑(しおん)
見目麗しき大倭王朝の皇子。
ノリは軽いが、剣術の腕は一流。
翡翠(ひすい)
出水国の跡取りで、瑠璃の従兄弟。
自分にも他人にも厳しい。
ソラ
もふもふのももんが(♂)瑠璃が大好き!
琥珀(こはく)
紫苑の従者で、疾風の一族の出。
無愛想。
珊瑚(さんご)
紫苑の従者で、大友氏の出。
派手なおねぇの見た目。
◆◆◆
君立ちて 花
その身時じくに 老ゆを知らず
八千代に我らを 守りたまふ
ふと風が
「なに──?」
しかし、そこには
草原を
もぞり、と
「ソラ?」
気づいた動きに、瑠璃は
「どうしたの?」
こちらが動き回っていても多少のことでは動じない彼の、
ソラは問いかけに反応することなく鼻をひくつかせて、さっと瑠璃の
「ソラ!?」
「え……、っ」
反射的に頭上を
──……いつのまに?
こんな間近に立っているのに、まったく近づいてくる気配を感じなかった。
その音にはっと我に返った。
瑠璃は
「……どちらさま、でしょう」
年のころは、今年十六の自分よりいくつか上といったところだろうか。
やや色素の
そんな春風のような印象とは裏腹に、
しかし、瑠璃が注目したのは彼の格好だった。
男のまとう
──これは……もしかして、絹?
海のむこうから伝わり、都の有力氏族の間で広まっている新しい素材があると、小耳に
さらに目をひくのが、
──この衣裳に、剣……都の、しかも相当身分のある人物ということ?
そんな青年が、都から遠く
「あの──?」
こちらを見つめるばかりの相手に、
男の予想外の反応に、びくりと身を
──あ、れ……?
その
「! な、にを…っ」
目つきをきつくして相手を
ふわり、と青年が笑ったのだ。
あたかも、
「──ねえ」
ここへきてはじめて開かれた青年の唇から、甘やかな声が
「オレのこと、お
だが次の時、その声が
いち時に
「…………は、い?」
そんな一言だけだった。
遠い昔、島国であるこの
「遠い
「歓迎する」と口では言いつつ、まったくその気のない父
「まさか、皇子だっただなんて」
そう、出会い
身分のある人物だろうとは思ったが、皇子というのはさすがに予想外だった。
中の様子をうかがうように耳をそばだてれば、
現に、今は出水国の
だが──
「──ばかばかしい」
気がつくと、ぽつり、と口から零れおちていた。
旧王朝の人間だから……八百津国命の血をひくから、一体なんだというのか。
「神さまが、なにをしてくれるっていうの」
冷ややかな声が耳に届き、その冷たさに自らはっとする。
「気をつけないとね」
「長旅でお
「真朱どの、まだこちらの話が──」
例の皇子ではない、第三者の声が
「今、案内の者を呼びましょう」
「真朱どの!」
だが、意に
「──
それを制するようにかかった柔らかな呼びかけに、ぴくりと瑠璃の肩が揺らぐ。
皇子──あの青年だ。
「今日のところは真朱どのの厚意に甘えるとしよう。──大王より出水国造へ剣を
「──っ」
言い分に従うと見せかけて、言わせないようにしていた内容をさらりと告げた皇子に、父が
張りつめた
「瑠璃!」
壁のむこうから
きた、と瑠璃は驚くでもなく立ちあがると静かに歩を進めた。戸口の
「お呼びでしょうか」
「こちらの方々を部屋へご案内しろ。都からの客人だ、くれぐれも
「かしこまりました」
口先ばかりの言葉に従って、瑠璃は室内へと足を
内心
「
「瑠璃と申します。よろしくお願いいたします」
低い
「どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
瑠璃は立ちあがって
「では」という言葉とともに皇子が腰をあげたのを合図に、
ひたひたと
──それにしても……。
ぎくりとしつつ、瑠璃はなにげない
──おかしな三人連れ。
皇子を筆頭に、彼のうしろを並んで続く従者たちも変わっているとしか言いようがない。
そもそも皇子が皇子らしくないのだ。いや、
身近な男性といえば、父か
──思えるんじゃなくて、胡散臭い、が正しいのか。初対面であんなことを言ってくるような人。
思いだして、瑠璃はついっと
──そもそも、女連れで大王の使いにくるような人だもの。
大王の使いが──しかも五番目とはいえ仮にも皇子が、従者を二人しか連れていないのは意外だったが、もっと
「女性、よね?」
口の中で
一瞬判断に迷うのは、皇子やもう一人の従者と変わらないその長身だ。
女性というには
そんな格好も派手なら、負けず
──ということは、さっき声を
こちらは色んな意味で美女とは対照的だった。
短く
そんな異色の二人を従えた笑顔の皇子、というのは、やはり胡散臭いと言うよりほかはなかった。
──あまり
そう心に刻みつつ、瑠璃は三人を用意した客室へと導いた。
「
必要最低限のことを告げ、旅の
「なぁにあれ、
背後から聞こえてきた
「──え?」
「なによ、文句でもあるの?」
思わず
「珊瑚」
咎め声をあげた
「だって
「……お、とこ?」
あきらかに作った、女性にしては重い
途端、むけられた三
「申しわけございません。てっきり、その、女性の方だとばかり」
口調は女性だが、この声は女性のものではありえない。
さらに、皇子が『珊瑚』と呼びかけたことからしても
失礼な! という
「──やだっ、小娘、かわいいこと言ってくれるじゃない」
高くはしゃいだ声と、はあ……と重たい
「……?」
予想外の反応に
「あぁ、アレのことは気にしなくていいよ」
「ですが、皇子さま」
紫苑さまったらひどい! と
「紫苑」
「──はい?」
「オレのことは紫苑って呼んで? 都には『皇子』なんて
「それは……」
「!」
そのすばやさに
「紫苑──ね?」
皇子が小首を
「あの、放し」
「ん?」
近すぎる
「──紫苑、さま」
「うん、どうしたの?」
どうしたの、じゃなくて…っ、と知らず
「おわっ、と」
紫苑が目を丸くして軽く身をひいたのに、「紫苑さま!」と
「ソラ!?」
影の正体に気づいた瑠璃が
「これは……モモンガ?」
「申しわけありません。わたしが世話をしている子で」
なにかを
二人とも剣に手をかけ、今にも
そんな三人の間に走った
「紫苑さま…っ」
さすがに瑠璃もそれには
内心はらはらしていると、紫苑はふっと笑って腕を解くと瑠璃から身を
「残念だけど、かわいい護衛が
「紫苑さま! そんな小ネズミ──」
「いいって言ってるのが、聞こえない?」
ひやり、とするような色のない声に、珊瑚がはっと身を
「──申しわけありません」
剣から手を離した彼に、紫苑はわかればいいのだというように
「ああ、そうだ。一応うちの護衛も
別に覚えなくてもいいけど、と気軽に告げながら、紫苑は珊瑚へ目をむけた。
「さっきから騒がしいアレが珊瑚。格好もしゃべり方もあんなだけど、立派な男だよ」
「やだぁ、紫苑さまったら! ワタシは心は女の子なんだって、何度言ったら──」
「こんなでも一応
すこし前のしおらしさはどこへやら、しなを作って文句をつける珊瑚を、紫苑はまるっと無視して続ける。
瑠璃はそうっと肩に手を
「大友氏……」
今の
だからさっきの反応か、と得心すると同時に、その氏族の
「で、こっちの無愛想なのが
「……」
自らがいかに『女』であるかを説き続ける珊瑚の声など聞こえないとでもいうように、紫苑がもう一人の従者の方へ
紹介された側もこんな騒ぎには慣れているのか、気にする
「琥珀は
ごめんね、こういうヤツだから気にしないで、と
──これが、疾風。
疾風の一族は大友氏とは違い、現王朝に
そう思って見ていると、間にはいった紫苑に視界が
「まあ、二人とも従者とはいっても、幼いころからの
「かしこまりました。
思わぬことに時間を食ったがここが
とおりがかった家人に
気づかない間にずいぶんと気を張りつめていたらしい。
「本当に、おかしな人たち」
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
指先で頭をなでれば、ソラは気持ちよさそうに目を細めた。
そのさまに、ふふっと笑みが零れる。
「でも、あんまり危ない
のぞきこむようにして告げた瑠璃に、通じているのかいないのか、ソラが鳴き声をあげて再び懐へと
わかってるのかしら、と笑みを苦笑に変えながら、「それにしても」とあわせの上から小さな体をぽんぽんとなでた。
「ソラのこと、ネズミだなんて」
失礼な、と不満がりつつ、正殿と
「──
「
低い
いつからいたのか、そこにあったのは
「申しわけありません。従者の方々を紹介いただいておりました」
「余計な言葉は
「はい」
静かに
「いくぞ。
先に立って歩きだした広い背中を無言で追う。置いていかれないよう早足で続きながら、瑠璃は足音にまぎれるようにつめていた息を
額の上をそっとなでる。
この従兄の前では──いや、父と彼の前では、いつも緊張する。二人の
幼いころに母を
──
きっと、今だって心配して様子を見にきてくれたのだ。自分にも他人にも厳しい人だから、ああいう言動になっただけで。
それに
「……ああいう男の人も、いるのね」
さきほどとは
しかして二人が正殿へと足を
「客人を別棟に案内してまいりました」
父の正面に
真朱は「うむ」とおざなりに
「大倭の
「いえ、特には。ただ……お聞き
「ふん、
声も
「かつて、中ノ国は八百津国命──我ら一族のものだったのよ。そして、ここ出水こそが国の中心であった」
それは
「それを…っ」
だからこそ、
「
現王朝の始祖たる照日大神は、空の上にあるという
むろん地上の神々は反発した。が、天の神々との力の差は
こうして、中ノ国の支配権は八百津国命から照日大神の子孫へ、つまり瑠璃たち一族から現王朝へと移った──というのが、神話の伝える話だ。
とはいえ、地上から神々の
「それを、今度はなんだ、大倭の連中に剣を
父の言葉に、たしかに、と瑠璃は内心で
剣──戦うための武器を
要するに、いいかげん
出水が大倭王朝に従えば、影響力があるだけに周辺の国々もそれに
「大倭の連中め……ついに地方の力を弱めて、権力を中央に集める気か?」
「ほかの国にも同じことを要求しているのならば、その可能性は高いかと」
朝廷から『
その現状を朝廷が作り
剣を奉ぜよ、の一言でそこまでわかるのか、と
「どう、しますか」
剣を献上する、ということは、一から剣を打つということだ。
出水国の首長であると同時に、タタラ場を
「剣はできあがり
なにより口先だけでも従う意志を見せるのは
「ともかく、まだ正式に耳にいれたわけではない。しばらくは様子見だ」
「わかりました」
「おまえもわかったな、瑠璃」
「くれぐれも連中につけいられるような
「かしこまりました」
頭をさげながら、ふと思いだす。
──そういえば、
言った方がいいのだろうか、と
──きっと、単なるお遊びだろうし。
女性
気にするほどのことでもない、と判断して、瑠璃は父たちの前をあとにした。──が、それが『気にするほどのこと』だったとわかるのに、さほどの時間はかからなかった。
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