三章
しゃらり、と
それらの音色をまとうようにして、瑠璃が
篝火に浮かびあがる、長い
ちらちらと不規則に光を返す
「これは
「──ええ。たて続けに起きた
「
暗に『だれかが持ちこんだ
おまえが言うな、という冷たい気配を無視して、紫苑は舞い続ける瑠璃に目を細めた。
毎朝、
それが神殿ではなく、真朱の
──あとは、人の目に触れる形で
神聖な儀式、というには政治的な打算も見え
「──単刀直入に申しあげます」
視線ひとつよこさないこちらに
そこでようやく紫苑は
「どういうつもりかは知りませんが、彼女に──瑠璃にちょっかいをだすのは
「彼女がこの国の
もともとよっていた
「それもあります」
「も?」
「
「甘言ってひどいな。瑠璃にむけた言葉は全部本心だよ」
「ならば、なおさらです。瑠璃はこの地になくてはならない存在、
「それが理由なら、聞けないな」
「なにを…っ」
声を
「この地に瑠璃が必要だっていうなら、オレが
目は口ほどにものをいい、だな、と思っていると、彼は気をおちつけるようにゆっくり息を
「なにを
「だから、まぎれもない本心だって」
あなたと違ってね、と内心続けた声が聞こえたように、翡翠がすっと
「──どんな
大倭と
言い捨てるように告げ、翡翠が背をむける。これ以上、話す余地はないという意思表示だろう。
静かに、けれど
「
瑠璃が心配なら心配だと言えばいいのだ。彼女
「お
たとえるなら、彼は石だ。強固な守りにはなるだろう。だが、ただ
それでは守りたいものは守れない。
「そもそも、大事な子の笑顔も守れないようじゃ、ね」
独りごちて、紫苑は瑠璃へと目を
それでも──とり戻したいものがある。
『お兄さん、笑ったらいいのよ』
今も耳に残る、遠い
くあ……と漏れそうになった
早朝とはいえ、どこに人目があるかわからない以上、気を
「昨晩のあれで、すこしはおちついてくれるといいんだけど……」
里にたて続けに起こった騒ぎのせいで、昨日一日、瑠璃はあちらこちらで呼び止められるはめになった。そうして、なにかよくないことが起こる前兆ではないか、これを
一歩間違えば人命に
ちょっとした事故だと説明したものの、そのままにしておくわけにもいかず昨夜の儀式を
「──ちょっとした事故、か」
瑠璃自身、いまだ胸に宿る
あれは、本当に事故だったのだろうか。
仮に事故でなかったとしたら、だれが仕組んだことなのか。
紫苑は『たまたまだ』と気にも留めていなかったが、琥珀の言うように
ただ、これを
「……ふたつの事件が意図されたものだったとして、一体だれが?」
それを吐きだすように
「従者の二人には、紫苑さまを
彼らには理由がないことに加え、
おまけに、紫苑たちを
「あとは出水に
「今ならわたしたちのせいにできるし」
だけど、と瑠璃は神殿への道のりをたどりながら屋敷の方を
「もしかして、翡翠兄さま……」
時機や場所を考えると、その可能性を浮かべずにはいられないのだ。
馬は偶然かもしれない。だが、あの
むろん、本当に命を狙ったわけではなく、『早々におひきとり願おう』という意思表示として、だ。
出水を守るためなら、何食わぬ顔でそれくらいのことはやってのけるだろう。
「……」
瑠璃は額の上をなでつけるようにしながら、静かに息をついた。
この
紫苑のことといい、今回の騒動といい、
とはいえ、悩んでばかりもいられない。あいもかわらず、やるべきことも時間も待ってはくれないのだ。
ひとまずは、と
「? しお──」
いつものように紫苑がきているのだろうか、とその名を口にしかけ、はたと唇を
──
自分たちの
それに、どこか様子がおかしい。長い
だとしたら──
「──そこにいるのは、だれ?」
瑠璃は高く
朝の
思わず身構えた瑠璃の脳裏に、皇子を狙う第三者の可能性がよぎる。
「だれ、とはご
「珊瑚、さま」
だが、皮肉げに声をかけてきたのは珊瑚だった。遠目とはいえわからなかったのは、その格好だ。
早朝だからだろうか。いつもは高く
「失礼いたしました。──このような朝早くから、ここでなにを?」
非礼を
「異常がないかたしかめにきたに決まってるでしょ。あんなことがたて続けにあったんだから」
「それ、は……」
どうやら毎朝ここを訪れる紫苑に先立ち、異変はないか
「やはり、お疑いなんですね」
「紫苑さまが違うって言うなら違うんでしょうよ。──
つい
「大体、大王を
もっともな言い分に、言葉につまる。
そんな瑠璃に珊瑚は再び鼻を鳴らした。
「そうだ、良い機会だから聞いとくわ。──あんた、一体紫苑さまのことどう思ってるワケ?」
「どうって……」
のぞきこむようにして問われ、鼻白んで
「なんとも思ってないなら、思わせぶりな態度をとらないでよね。いやらしい」
「思わせぶりな態度なんてとってません」
これには心外だと
「はっきり言って、
「言いがかりは
瑠璃は負けじと目に力をこめた。
「疑われるのはしかたがありません。だからといって、紫苑さまの行動の責任までこちらに
「……言ってくれるじゃない」
まなざしはそのままに、珊瑚の
「それだけ生意気な口がきけるくらいだもの。当然、次になにかあった時は責任とってくれるのよね?」
覚えておくわ、と捨て
「あの人たちがきてからというもの、
頭をひとつ振って、歩を再開する。
たどりついた神殿を前に長い階を見上げると、瑠璃は雑念を
「あ、
昼過ぎ、先日だめになってしまった
またか、と
「こんにちは」
「ええ、こんにちは……いや、挨拶なんぞは今はええんです。それより巫女さま、外へでられるつもりなら今日は止められた方がええ」
「? どうしてです?」
「さっき畑仕事してる時に、見たんですよ」
「
「そんなもんじゃありゃしません。見慣れぬ男どもが畑のむこうをとおるのをですよ」
「見慣れない男たち?」
「ええ、あれはこのあたりの人間じゃあない。まるで、ほら、あの都からきたっちゅう連中のようじゃった」
「──皇子さま方と同じような
「ええ、ええ」
何度も
「まさか……」
本当に、紫苑を
疑心暗鬼とは別の、
「巫女さま?」
急に顔色を悪くして
「そういうことなら、今日は止めておきます。あと、父たちにも念のために伝えておきますね」
「ああ、それがええです。最近、なにかと
「教えてくれてありがとうございました」
やれやれといった
だが、
紫苑が狙われている可能性がある以上、このまま捨て置けない。
「もしかしたら、
一応別の可能性を考えてみる。が、自分で口にしてみたものの、やけに空々しく耳に届いた。
使者ならば正々堂々と里へはいってきたらいい話で、こそこそする必要はない。なにより、追加の使者にしてはくるのが早すぎる。
──一応、知らせておくだけ。あんなことがたて続けにあったんだもの、用心してしすぎるということはないはず。
自分を納得させるように、胸の中で
そうしながら駆られる不安に背中を押されるように瑠璃は先を急いだ。
「
いつになく
「は、はい。派手な……いえ、従者のお一人はでておられますが、皇子さまは本日はお出かけにはなっていないようです」
「そう、ありがとう」
そのままとおりすぎようとして、あ、と足を止める。
「ごめんなさい。これ、片付けておいてもらえる?」
背負ったままだった
瑠璃はすこし冷静になった頭で、衣服の
──派手ってことは、珊瑚さまはいないんだわ。
こちら側に
「ご
当然一連の騒動を知っている男が声をかけてくるが、瑠璃は「すこしお伝えしたいことがあるだけだから」と断った。
一人別棟の
──ここは、余計な考えをさし
見てもいないのに、都風の、などつけ加えるべきではないだろう。出水と大倭、両者の関係がぴりぴりしている今、極力誤解を招きそうな言葉は
要は、紫苑に
「今朝もきてたしね……」
本当に
実際のところ、紫苑はどう
「──いつまでこのようなことを続けられるおつもりです」
いらだち混じりの声に、とっさに曲がったばかりの建物の角へ身を
「どいてくれる? 瑠璃のとこにいかなきゃいけないんだから」
「それを! いつまで続けられるのかと聞いているんです」
彼にしては
今でていくのはまずい、と
「あの
「──!」
あがりそうになった声を、すんでで
この話の中心は、自分だ──。
「むだ?」
「ご自身を危険に
色のない声が短く問えば、溜息混じりの
これ以上、聞いてはいけない。──頭のどこかがそう
「こうなったからにはあの娘を
トキジクノカクノコノミ。
その
ざり…っ、と本当にかすかな音が足元からあがった
「だれだ!?」
そのわずかな間に、瑠璃の
はじめて会った時に告げられた、
こんな時にもかかわらず、珊瑚がここにいないわけ。さらには、なぜあんなところをうろついていたのか。
そして、翡翠に問うた『橘の里』の由来──。
──……そう、だったんだ。
ぐっと手足に力がこもる。『あの皇子は別の目的で動いている可能性がある』という翡翠の言葉が、耳の奥に
すべては──この『目的』のためだったのだ。
「……っ」
瑠璃はやおら
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