第32話 終幕

「逃げられたか」

 エヴァンが苦々しく呟いた。あのフード姿、スロゥは、彼にとっては仲間のかたきなのだ。ここで決着を付けたかっただろう。

(……どうして、スロゥちゃんが)

 レナは心の中で呟いた。あんな小さな子供が人殺しをしていただなんて、信じられない。自分の意志でやっていたのか、それとも誰かに指示されていたのか。

 誰か、ではない。ラスだ。彼が一連の事件の首謀者だということは、ほぼ確実だろう。そのことを考えると、レナは胸が痛んだ。数か月とは言え、パーティメンバーとして一緒にやってきた仲間だ。

 だがエリオットとヒューは、もっとショックを受けているだろう。何せ、昔からの友人同士なのだ。二人に目をやると、エリオットは沈んだ表情、ヒューの方はずっと怒っているようだった。

「なんだこんなことやってたんだ、あいつは」

「さあな」

 ヒューの言葉に、エリオットが投げやりに答える。ヒューは長い溜息をつくと、気を取り直したように言った。

「とりあえず、フード姿の正体は分かったけど。この後どうするの? またレナちゃんが襲われるんじゃないの」

 それを聞いて、レナはどきりとした。そうだ、正体が分かったとは言え、根本的には何も解決していない。

 だがエリオットは、ゆっくりと首を振って言った。

「どうだろうな。有利な状況で精霊使いを襲えていたのも、ラスの情報網があってこそだ。それが無くなった以上、グラントでの活動は難しいだろう」

「で、他の町のハンターが被害にうって?」

「そうはさせない。やつらの情報はギルドに伝える。すぐに他の町にも広まるだろう」

「そ」

 ヒューは、一応それで納得したようだった。彼はくるりと身を翻すと、エヴァンの方に歩いていく。エヴァンは警戒するように、眉を寄せていた。

 そうだ、彼の疑いは完全に晴れたのだ。ようやく仲良くしてくれるのかと、レナは期待した。

「その傷」

 相手の頬を指さしながら、ヒューは言った。

「フード姿と戦った時の傷なんだって?」

「……そうだ。レナに聞いたのか?」

「違う」

 ヒューは不機嫌そうに言った。

「情報屋に調べさせたんだよ。……それはともかく、なんでそのこと早く言わなかったの? 気づいてたでしょ、俺がお前を疑ってたの」

「言って信じたか?」

 即座にエヴァンが聞き返す。ヒューはぴくりと頬を強張こわばらせた。

「……なに?」

「俺がそう言っても、どうせあんたは信じなかっただろう。狂言だとか何とか言ってな。だからわざわざ説明しなかった」

「決めつけるなよ」

 吐き捨てるようにヒューが言う。二人は正面から睨み合った。険悪なムードが漂う中、とりなそうとしたエリオットが口を開きかけたのだが、

「いい加減にしてくださいっ!」

 突如、レナが大声を上げて立ち上がった。

「どうして二人とも仲良くできないんですか!? そんなに喧嘩ばかりするなら、黙っててもらいますから!」

 歯を食いしばり、憤怒ふんぬの表情で二人を睨み付けるレナ。目には涙が溜まっている。

 当の二人は、ぽかんとした表情でそれを見ていた。時間が凍り付いたかのように、全員固まっている。

 しばらくして、蚊帳の外のエリオットが、はっとした表情になる。レナが何をしようとしているのかに気づいたようで、慌てて止めに入った。

「待て、レナ。仲間に向かってさすがにそれはまずい……」

『行け行け!』

 はやし立てるギルの言葉に従って、レナは慣れ親しんだ『青い炎』の魔法を発動させた。


 レナは椅子に座って、窓の外の景色を眺めていた。そこにあるのは、変わり映えのしない灰色の山脈だ。だが実際に一度行ったことがあるとなると、見え方は途端に変わってくる。

 あの辺りがサイスなのかな、とぼんやりと考える。合っているのかどうかは分からない。いつか調べてみようか。

 グラントに戻ったあと、ラスとスロゥのことはすぐにギルドに報告した。それからもう数日経つが、彼らの目撃情報は上がっていない。他の町に逃げたのか、もしくはどこかに隠れ住んでいるのか。

 結局彼らの目的が何だったのか、ヒントすらもまだ掴めていない。まだ、というか、これ以上調べたところで分かりはしないだろう。会って問い詰めれば別かもしれないが、二度と会いたいとは思わなかった。

 まだ一人での外出は許されていないが、それ以外はすっかり元の生活に戻った。少し変化したところと言えば、自分に対するヒューとエヴァンの態度ぐらいだろうか。特にエヴァンは、前にも増して余所余所しい、というか遠慮されている、もっと言うと、怖がられているような気がする。

「はあー……」

 レナは深く溜息をついた。原因は分かり切っている。あの日レナがぶち切れて、『青い炎』の魔法を二人に向かって撃ったことだ。集中が足りなかったのか、いつもよりかなり小さい青い炎は、ろくに制御もされずにすっ飛んで行った。だから当たりはしなかったが、二人とも恐怖を感じたようで、グラントまで(少なくとも喧嘩しないという意味では)仲良くしていた。

 あの後エリオットには散々怒られたし、正気に戻ったレナも真っ青になって謝った。なんであそこまでしてしまったんだろうと、丸一日落ち込んだ。そんなに鬱屈が溜まっていたのか。ギルに煽られたからというのもあるが……これはただの責任転嫁だろうか。

「レナ、ちょっといい?」

「は、はい」

 窓枠にもたれかかってぐんにゃりとしていると、ヒューの声が突然聞こえてきてびくりとした。椅子から立ち、入り口の方にぱたぱたと向かう。

 ヒューからは、何故か呼び捨てにされるようになった。いや、前からされていたこともあったような気もする。いつだったかは忘れたけれど。

「今晩帰ってくるって、あいつら」

「ほんとですか」

 レナはぱっと顔を明るくした。ヒューが言っているのは、長い間出稼ぎに行っていた、パーティの残りの三人のことだ。そろそろ戻るとは聞いていた。

「それで、晩飯の買い出しに行かない? ちょっと豪華にしたいからさ」

「はいっ」

 ヒューの言葉に、元気よく頷いた。彼らに会うのは久しぶりだ。気合を入れて作らないと。

「あ、ちょっと待ってください」

 部屋を出ようとして、慌てて引き返す。机の引き出しを開け、『竜の涙』を取り出した。まだ、これ無しで出かけるのはちょっと怖い。いつかまた、あの二人とばったり出くわすような気がしてしまう。

 一つの騒動は終わりを告げたが、気がかりなことはまだまだ残っている。だからと言って、日々の生活をめるわけにはいかない。せめてヒューにぴったり付いて行こうと心に決めつつ、レナは部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊使いと魔獣狩り マギウス @warst

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ