〈奥書〉
○今から十五年ほど前に祖父が他界した時、おそらく二~三百冊の蔵書が遺されていた。四十九日にもならない頃、父は近所の安っぽい古本屋を読んでそれを売り払おうとした。私は当然自分がもらうものだと思っていた(黙契が有ったのだ)ので、売られる前の晩に本棚から良さそうなものを選んで抜き取っておいた。それが百数十冊、1950年代から90年頃にかけて出版された日本古代史に関係する本が多い。祖父は大正末年に生まれたので、若々しい年頃に敗戦後の解放された空気を呼吸する事ができた。これが私にとっては長い間の宿題となった。
○私は何年もかけて百数十冊の蔵書にとりくんだ。そうすると、祖父は決して暇つぶしに本をつまみ食いしていたのではなくて、一つの線を追う様に買い求めていた事が分かってきた。そこで私はその線を面にしなければならなくなって、さらに多くの本を探し回り、足りない所を埋めていった。特に近年は史料の電子化が進んで、原文に触れる事が容易になったおかげで、理解を深くする事ができた。近代に至る文書を網羅する「維基文庫」や、古典の検索に関しては素晴らしいしくみを持つ「中国哲学書電子化計画」に助けられている。
○この作品で卑弥呼という名前をほとんど出さなかったのは、通俗的な卑弥呼像に引かれる事を避けるためである。卑弥呼という名前の上には、学者でも魅了されるロマンティックな俗説の手垢が厚く層をなしている。しかし私の考証と想像は、それとは違う人物像を浮かび上がらせた。それに中国的慣習としてよくつきあう外国人には漢語的なあだ名を付けてしまうだろうから、張政を主役にすればそういう呼び名が必要でもあった。
○張政という人物は、歴史上にほとんど名前しか遺していない。本来なら名前さえ伝わらない所を、倭人に関わったために記録された程度の存在である。それで張政については、自由に一生を想像する事ができた。ただし当時の楽浪地方に存在しうる限りに於いて。なお「帯方太守張撫夷」の古墳は実在するが、それが張政の墓であるかどうか本当は分からない。
○この作品で中国人名や地名には、古い発音の推定から読みを付けた。中国語の発音は近世になってかなり変わっているので、現代音では昔の感じが出ない(たとえば現代中国人に「リーベンレン」といわれても日本人はピンと来ない。中世中国人ならたぶん「ニップォンニン」乃至「ジップォンジン」と呼んでくれる)。それで古びを付けようと字書で中古音を引いて現代日本語のカナに写そうとした。ただしこれは私にはちょっと難しい作業だ。和式漢字音の呉音や漢音は昔の日本語話者が中国語を実際に聞いて音訳したので、これも参考にした。しかし参考にするには日本語の発音の変化も十分に分かっていなければいけない。この方面の知識も少しはかじったのだが、理解が明らかに不十分である。結局は小説という括弧が付くのに甘えて“いい感じ”にしようとなるのだが、方針が一定しなかった所も有るので、後で整理したい。
2018年7月27日
三国志外伝 張政と姫氏王 敲達咖哪 @Kodakana
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