安楽死の村から出たくない_(:3」∠)_

ちびまるフォイ

そして伝説へ・・・

深い森を抜けた先に「安楽死の村」があった。


「はぁ……もうほんっとに長い移動だったわ……。

 女子アナの扱いって年々ひどくなってない?」


「まぁそういわないでください。この村への道を知ってる運転手が現地の人しかいなくって」


村に到着するとテレビクルーはそそくさと準備をはじめた。

私は身だしなみを整えて、カメラの前に立つ。


「はい! 私は今、安楽死の村に来ています!

 さっそく村の人にインタビューしてみましょう!」


私は真っ先に目についたおばあちゃんにマイクを向ける。


「おばあちゃんは、どうしてこの村に来たんですか?」


「私ね……足が悪いでしょう。それで家族に迷惑かけちゃうから……。

 それに、ここはいつ自分がどうやって何時に死ねるかも決められるから安心なんですよ」


「死ぬのは怖くないんですか?」


「人はいつか死ぬからねぇ。でも、ここなら死ぬまで毎日を大事に暮らせるのよ」


「なるほど」


とは言ったものの、まったく価値観が共有できない。

今度は若い人にマイクを向けた。


「こんにちは。ずいぶん若いですが、どうして安楽死の村に来たんですか?」


「現実社会に疲れたんですよ。自殺するのも怖いし。

 でもここなら僕をいじめる人も追い詰める人もいない。

 設定した残りの寿命をおだやかにまっとうするだけなんですよ」


「村を出たいと思ったことは?」


「ないですね。一度この村に入った人が出てったことは1度もないです。

 特に強制してるわけじゃないんですが、誰も出たがらないですよ」


「はぁ……」


なるほど。



まっっっったくわからない。



撮影を終えると、どっと疲れが押し寄せた。


「あーー疲れたぁーー。なんで私がこんな辺境の村に取材なのよぉーー」


「あ、あのすみません! 大変なことが……」


ADが顔を青ざめてやってきた。


「実は運転手なんですが体調不良で運転できないということで……。

 帰りは体調を見てからになりそうで――」


「はぁぁぁぁ!? 安楽死の村に滞在しろっていうの!?」


「ですから、運転手の体調が戻ればすぐに……」


「そんなの知らないわよ!! さっさと呼んできなさいよ!!

 今日帰れるっていうから取材にきてやったのに!!!」


その後もADをしかりつけたが頭を下げるばかりで進まなかった。

結局、その日は安楽死の村で一泊することに。


「はぁ……なんで私がこんな目に……」


電気も水道もあり、平和で安全な町。

お金の心配もなく自分の寿命を把握しているので争いもない。


"○月×日に死ぬんだから、こんなところで人生をムダにしたくない"


まさに理想的な空間だったが、私はどうにも馴染めなかった。



翌日、朝いちでADのもとへ向かった。


「AD!! さぁ帰るわよ!!」


「あぁ、おはようございます。帰るってどこへ?」


「どこって……現実よ。都会よ。都心に帰るのよ!

 はやく運転手を手配してきて! 私は帰りたいの!!」


「はぁ……失礼ですけど、ご自分でやられては?」


「え? 何言ってんの? あんたも帰るんだから協力しなさいよ!」


「いえ、僕は帰りません。この村に残ります」


ADは昨日の切迫したような顔ではなく、穏やかな表情になっている。


「1日過ごして安楽死の村の良さに気付いたんです。

 毎日生き急ぐこともなく、人生の不安のないこの生活が理想。


 この村を出て、寿命をお金に変えるだけの生活に戻るくらいなら

 僕はここで残りの寿命を思う存分自分のために使って安らかな最後を迎えたい」


「何言って……」


「みなさんそうですよね?」


ADの呼びかけに、テレビクルー全員がうなづいた。


「ちょっと!? あんたたち本気!? ここにいるとみんな死ぬのよ!?」


「人間はいつか死にます。いつくるかもわからない死の恐怖におびえるくらいなら、

 ここで見えている死に向かって、日々を大切に生きていきたい」


「それに、ここには充実した医療設備もあるから病気の心配もない」

「お金も支給されるから心配ないし。仕事もしなくていい」

「ゲームもネットも恋愛もなにもかも事足りているじゃないか」



「「「 逆に、どうして君はこの村を出たいんだ? 」」」



「あんたたちみたいに人生に見切りつけたくないからよ!!」


私はテレビクルーを見限って運転手を探した。


まだ私には寿命が残っている。

自分の想像できる幸せしかこの先得られない人生なんてまっぴらよ。


私はもっと大成功して大物メジャーリーガーと結婚して、

ロサンゼルスに大きな家を買って好きなだけバックを買うの。


身の丈にあった人生なんて……。



「いたわ!! あなたが運転手ね!!」


「ちょっと! この病院は面会謝絶ですよ! この患者さんは絶対安静なんです!」


「いいから私を帰しなさい!!」


病院のベッドに横たわる老人をたたき起こした。

誰も村から出ないものだから、村から外へ通じる道を覚えているのはただ一人。


「金なら出すわ! 車を出すなら何でもする!!」


「わしは……もうこの先何もいらない……穏やかな最後があればそれでいい……」


私は卓上に転がっていたハサミを老人に突きつけた。


「ちょっと!?」



「じゃあこれならどう!? あんたが車を出さなければ穏やかな最後なんて

 この私がぜんぶぶっ壊すわよ!!

 安楽死を受け入れたあんたが想像もできないような死が待ってるわよ!!」


「わ、わかった……車を出す……出す……」


車に乗り込む前に、もう一度テレビクルーにも確認した。

でもみんなの答えは変わらなかった。


車には私だけを乗せて静かに発進した。



「安楽死の村……もう絶対来ないわ」


窓から遠ざかる村を眺めながら、私は毒づいた。

しばらく車を走らせていると窓の風景がどんどん見覚えのない森へと入っていく。


「ちょ、ちょっと……どこに向かってるの!? ちょっと!!」


運転席に詰め寄ると、老人は心臓を抑えて苦しそうにしている。

もう運転どころではない。


「なにやってるのよ!? ハンドル握ってよ!!」


「持病が……まだ……治療中で……」


「そんな病気あるなら最初から言いなさいよ!!!

 これじゃ運転なんてできないじゃない! もういい私が――」


運転する、と言うよりも早く車は森の木にぶつかり斜面を転げ落ちた。



「う……うう……」


目を開けると周りは横転した車のガソリンで火の海になっていた。


「は、早く出ないと!! 痛っ!!」


足の激痛に視線を下にすべらせる。

車がぶつかって折れた木が足をつぶしている。


「なんで……なんでよぉ!! なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!!!」


火はみるみる燃え上がり、私の体へと燃え移る。

逃げ出すこともできず焼けていく痛みに耐えられず叫びつづけた。


「私は有名になるの!! もっと有名になって……結婚して……そして……そして……」


こんな苦しみを味わうくらいなら、いっそ安楽死を選んだ方が……。


最後の瞬間、村に残ることを決めた仲間の穏やかな表情が浮かんだ。





『次のニュースです。取材に向かっていたアナウンサーが焼死しました。

 このアナウンサーは車で取材中に事故を起こし……』


翌日のニュースで悲惨な死をとげたアナウンサーは誰より有名になった。

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