5 嬉しい敗北

 完全に、負けた。

 そう思わざるを得ない状況に、俺は項垂れた。


「……何だよ。俺と全く一緒とか、バカだろ」

「それってさ、あたしも真吾もバカだったってことだよね」


 相澤が声を上げて笑う。吹っ切れた明るい笑い声は、考えなしに打ち合っていたあのころと同じで、俺もつられて笑った。

 残暑の夜空に俺たちの笑い声が響くと、星が一層瞬いたような気がした。


「帰ろうか」


 ひとしきり笑ったところで立ち上がる。

 リュックをごそごそと掻き回した相澤が、スマートフォンを出して言った。


「ね。連絡先、教えてよ。これからもあたしの話、聞いてほしいの。いくら海星のみんなが気遣ってくれるからって、ライバルに弱音吐くのは嫌だからさ」

「ああ、うん。聞くよ。いくらでも。――恵梨のプレッシャーが少しでも軽くなるのなら」


 名前を呼ぶのに緊張した、という恵梨の気持ちが痛いほどわかった。四年半ぶりの『恵梨』は、照れくさくて、恥ずかしかったが、口にできる嬉しさが上回った。

 一瞬きょとんとした恵梨だったが、照れ臭そうに笑うのは可愛いと思った。

 電話帳に登録された新しい名前は、ずっと欲しかった名前。見るたびに顔がにやけるだろうと思いながら、大事にバッグのなかにしまう。

 同じようにスマートフォンの画面を見つめていた恵梨は声を弾ませた。


「きっと引退するまでは急がしいから、電話するよ」

「ああ。でも――弱音がなくても、電話してよ」


 自分で言っておいて恥ずかしい。声が聞ければそれでいいって言っているようなものじゃないか。

 ちら、と隣を見ると恵梨が顔を真っ赤にして、それから笑った。


 俺は最強の女王様に一矢報いることが出来たのだろうか。


  * * *


 大会明けの部活は反省会のみ。夏への目標を書くことになったが、俺の目標はもう決まっていた。


「何、県大会出場? 大きく出たな、武田」


 伊藤が驚きの声を上げる。

 何せ、俺の新人戦は、個人も団体も二回戦止まり。県大会へ進むには、どちらももう一つは勝たなければならないのだが、その一勝のハードルが高い。

 そのことはわかっていたが、県大会出場を目指すのは至極当然だった。

 だって、恵梨は絶対に県大会へ行くのである。団体戦も、個人戦も。それに少しでも追いつきたいと、心の底から思ったのだ。彼女より弱い彼氏だなんて、目も当てられないだろう。


 これ以上、置いて行かれてたまるか。


 俺の目標に面食らった仲間たちだったが、「目標はデカいほうがいいもんな!」と早田が言うと、部内の目標が県大会出場に決まった。

 増岡の稽古は更に厳しさを増すだろう。高い壁に立ち尽くすことがあるかもしれない。

 だが、恵梨も同じように――あちらは「全国大会出場」が目標だろうが――頑張っていると思えば、乗り越えられる。


 彼女は中央点の向こう側の届かない存在ではなく、隣に立って、一緒に歩けるようになったのだから。


 【了】

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君との間合い、一足一刀 REIA @eco0502-lea

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