スノードーム専門店「どうむ」

甲乙 丙

  幻想的な世界を掌の上に

   スノードームは貴方を幸せにします

    記念日のプレゼントやお土産にも最適です


 ――スノードーム専門店「どうむ」(月~土:午前十時~午後五時 営業)

   お問い合わせ:◯◯◯……


 ◇


 駅前から続くT通りを西に少し進むと、昔の名残を残すアーチ状の入り口があって、その先は多種多様な店が軒先を並べる商店街となっている。そこは、地元民には「良く言えば何でも揃う場所。悪く言えば混沌の坩堝」と評され、いつもたくさんの人で賑わっていた。

 スノードーム専門店「どうむ」もこの商店街の中にあって、通りの中央よりやや東、北側に位置していた。


 以前は精肉店だったという一画を建物ごと買い取り全面的に改装を施した店内。

 以前は売り場と作業場だった八坪程の空間は、アイボリーホワイトよりも少し濃いクリーム色の壁紙と木目の床に変わり、壁際にはガラス製の陳列台があって、様々なスノードームが整然と並べられている。

 国内生産のみならず海外からも輸入しているスノードームはその様相もバラエティに富んでいる。

 雪景色以外にも、教室から顔を覗かせている学生が、窓から外を覗いている一場面を切り取ったオーナメントの周りを、桜の花びらに似せたパウダーが舞っているものだったり、海を模した青い液体で満たされた球体の中で、マンタが優雅に泳ぎ、銀のパウダーと共に小さなクラゲが舞うといったものだったりと、その小さな球体に収まった無限の世界は見る者を飽きさせない。


 店主である十川保とがわたもつにとってもスノードームは特別な物で、自分の店であるにも関わらずふと気が付くとその世界に見惚れていた、なんて事が多々あって、その魅力には底が無いのだといつも感じている。


 ◇


 時刻は午後の四時を少し過ぎている。例年よりも寒さが厳しい中、予想以上に盛況となった客足もすでに引いている。レジカウンターの内側にあるスツールに腰掛けながら、十川は地方誌の広告欄に載せた自分の店の宣伝をニマニマと眺めていた。


 ――タイミングが良かったのかもしれない。


 地方誌は商店街の近くで立て続けに起きた暗い事件を報じている。

 右上トップ記事は、先日逮捕された婦女暴行事件の犯人が、この街にも出店していた移動クレープ屋の主人だった事を詳細に報じている。十川も見知っている程にそのクレープ屋は店からも近く、焼いた生地と甘いクリームの匂いが店内を漂う事さえあった。

 続いて、最近多発している空き巣事件の続報。どうやら犯人は解錠の達人で、どんな鍵でも傷一つつけること無く開けてしまうらしい。しかも、犯行現場にはふざけたメッセージが残されているという。商店街の中にも被害にあった店が何件かあり、経営者たちはその動向を戦々恐々と見守っている。

 左上には、一週間前に行方不明となった一組の男女の情報提供を呼びかける記事。二人共隣町の高校生だ。十川にも少し心当たりがあってドキリとした。見知った顔かもしれないと掲載されている小さな顔写真を繁々と眺めてみたのだが、しかし十川は、三十歳後半を過ぎたあたりから若者の顔は皆同じように見えてしまっていたので、やはり判然としない。

 そして下段の左隅に、小さいスペースだが空白を上手く利用して少しでも目立つようにした、かなり場違いな自分の店の広告が掲載されていた。


 ――新聞を読む時の心理として、視線は右上から左下に流れるといわれている。その定説を信じるならば、この記事の配置はまるで、近所で起きた悲惨な事件を右上から左下に読み進める度に、暗く沈んでしまいそうになる気持ちを、左下にある私の広告が、まるで一筋の光明の如く照らしているようではないか。

 だからかもしれない。だからこそ今日の盛況に繋がったのだ。

 邪悪な考えではあるが、悲惨な事件があったからこそ、スノードームの魅力に気づいた人が私の店を訪れてくれたのだ。そうに違いない。あまりに不謹慎で決して人前では言えないが、私はクレープ屋の主人と、空き巣の犯人と、行方不明の高校生二人に少しだけお礼を言おう。ありがとう。そして、本当にごめんなさい。


 ◇


 コロンコロンという小気味良い音が響いて、十川は慌てて新聞から視線を外し、店の入口を見た。音にこだわってカウベルを使用した入り口扉の鐘の音を鳴らしながら、一人の青年が入ってきた。

 まだ十代に見える容貌で、その雰囲気はどこか飄々としていて、輪郭がぼやけて見えるような、そんな印象の青年だった。店の外、窓ガラス越しに少し気が強そうな女性が腕を組みながら店内を覗いている。お連れ様だろうか、時折店に入ってきた青年を睨んでいるようにも見える。

 一緒に入ってくればいいのに、とは、十川には言えなかった。そんな雰囲気を感じた。

 もう少しで閉店時間となる。この青年が本日最後のお客かなと考えをよぎらせながら、十川は未だに慣れない営業スマイルを顔に貼り付けて、圧を与えないようにカウンターの中でたたずんだ。


 青年は、ホウとかヘエとか言いながらスノードームを眺めたり、手に取って振ってみたり、窓ガラス越しに見える女性を透かして見たりしていた。


 十川は敢えてお客には声をかけない。

 自分が元々、なにかお探しですかあ、と言いながら近づいてくる販売員が苦手だった事もあるし、スノードームを選ぶ際にはゆっくりと時間をかけてその様々な世界を楽しんで欲しい、という思いがあるからだ。

 だから閉店時間が少しばかり過ぎようとも、十川は気にしないし、この青年にも気にしてほしくなかった。

 それに、十川は最近になってスノードームの自作に挑戦していたので、その作業工程やデザイン案を思い返すのに没頭するあまり、そもそも時間が過ぎるのを忘れてしまっていた。

 店を閉めた後は奥の作業室にこもって、三時間から四時間の間は制作に励むというのが最近の日課になっていたのだ。


 だから、店内を巡っていた青年が十川に話しかけている事にも、一瞬気が付かなくて少し慌ててしまった。


「へえ……、名前はスノードームなのに、海景色のものとかもあるんスね。コレ海外から輸入してるんスか?」

「……え?あ、はい?ああ、それは国内のものですよ。個人で制作されている方で、私がすごく気に入ってしまったものですから数点仕入れさせて頂いてるんですよ」


 青年の手には青い球体の中でユウレイクラゲが泳いでいるスノードームならぬアクアドームがあって、彼はそれを見上げたり見下げたりと色んな角度から見ていた。球体が揺れる度にユウレイクラゲは触手をフワフワと漂わせている。その様子が少し微笑ましくて、十川はついつい言葉を重ねてしまった。


「海が好きなんですか?」

「あー……。海っていうか、先輩、クラゲが好きらしいんスよね。なんか『私には人の魂がクラゲの形に見える』とか幻想じみた事を真顔で言っちゃう人なんスよ。変でしょ。でも可愛いんスよねえ。これあげたら少しはこっち振り向いてくれますかねえ?どう思います?」


 先輩とは外から青年を睨んでいる彼女のことだろうか。思いがけない赤裸々な告白と恋愛相談に十川は少し戸惑う。


「クラゲ好きな女性ですか。成る程。それならあちらにも小さなクラゲがパウダーのように舞うタイプもありますよ」


 青年が手に持っている方はどちらかといえばドギツイ方のクラゲで、触手が何本もあり、一般的な女性十人に話しを聞けば八人は「気持ち悪い」というタイプのヤツだ。多分……。それよりも、小さくて丸っこいミズクラゲがフワフワと舞っているタイプの方が女性にはウケるんじゃないだろうか――。

 十川はそう思って別のクラゲが入ったものを勧めたのだが、青年は眉を寄せてウーンと悩んでしまった。


「いや、先輩、『触手の数と大きさ、形はその人間の人生を表している。小さくてか弱い魂を持った大人ほど哀れなものは無い』とも言ってたんで、多分こっちの方が好みなんスよ。ああ……どうすっかなあ」


 変わった人もいたもんだ、と十川は窓越しの女性をチラリと見た。まだ女性は青年を睨んでいる。

 それきり何も言わずに青年を見守る事にして、また元の慣れない営業スマイルを貼り付けながらじっとしていた。


 ◇


 結局、青年は散々迷った挙句に「また来ます」といって何も買わずに店から去っていった。

 店を出ると青年はなにやら女性に責められているようだった。当然だ。十五分近くも悩んでいて、その間女性はずっと店内を睨んでいたのだから。

 迷った末に結局買わないといった事はよくある事なので十川はあまり気にせず、入り口にぶら下げている「OPEN」と書かれた板を裏返し、「CLOSE」に変えた。

 店内を少し掃除してから、十川は「さて」と一息つき、スノードームの制作に取り掛かろうと店内奥の作業室へと向かった。


 作業室といっても、精肉店だった頃、そこは五坪程の貯蔵室だった場所だ。それがほとんどそのまま残っている。

 店の内装や外観に凝り過ぎたあまりに資金が不足し、お客からは見えないその場所は最低限の改装に留め、在庫を置いておく倉庫としても使っている。窓も無いし扉も分厚いまま。オンオフ式の、氷点下近くまで冷やせる温度調節機能だって残ってあるが、倉庫にしたりちょっとした作業をする分には、なにも問題は無かった。


 作業室には制作途中だったオーナメントが置かれている。

 十川には、自分でスノードームを作るにあたって是非再現したい風景というものがあった。近年になって益々注目されることとなった、海外の人からも評価されているY県にある樹氷群だ。十川は学生の頃に観光でここを訪れた際、その幻想的な風景に目を奪われ、同時に自然への畏怖の念を抱いた。

 スノーモンスターとも呼ばれているその巨大な白の怪物は、目を離せば今すぐにでもその巨体を持ち上げ歩き出すのではないか、そんな幻想を抱いてしまう程迫力に満ちていて、十川は魂が震えるほどの感動を覚えた。

 ――あの時感じた畏怖と感動を、ガラスの球体の中に表現したい。

 十川がスノードームを自作すると決めた時、自然にその考えが浮かび上がった。

 思えば、十川がスノードームを好きになったのも、その観光の帰りに買ったお土産の一つが始まりだった。つまりこの制作活動は、十川にとっての原点回帰で、そして同時に崇高な目標でもあった。


 樹脂やレジン、他にもガスや臭いが気になる素材をいくつか使うので換気扇を回し、マスクや手袋といった完全防備をして作業を進める。当初は自然素材をそのまま使ってオーナメントを作ろうとしたのだがどうにも思った形に出来なかった。だから決まった型枠に素材を固定し、樹脂を流し込んで固めてしまう事にした。

 ――完成イメージとしては、樹氷が本当に立ち上がり、怯える若い男女を囲んでいる、といった、ちょっとした幻想的恐怖を感じる内容にしたい。心を和ませる風景ではないが、心に訴えかけるという意味では恐怖も一つの芸術だ。それにこれは私があの時感じた心象風景でもある。私にはこのテーマが合っている筈だ。

 まだ一つの作品も作った事がないのに熟練の芸術家気取りで、十川は黙々と制作に没頭した。

 自分の熱意を再確認しながら。

 

 ◇


 六年前。当時三十六歳だった十川は思い切った行動に出た。


「私は、スノードーム専門店を開く事に決めた! 決めたったら決めた!」


 脱サラしての一大決心の叫びであったにも関わらず、その声は、幼子が語る荒唐無稽な将来の夢に等しい響きをもって周りの人間へと届いた。


「あなたの好きにすればいいわ」


 十川の妻は目を細めて優しげな声で返事をし、二日後、離婚届を突きつけてきた。

 幼い息子は訳の分かってない顔でキャハハと笑い、元気よくバイバイと手を振っていた。


「十川課長って、たまに面白い事言いますよね。ハハハ」


 部下には冗談としか思われず、実際に十川が辞表を出して会社を去る時には、嘲笑うかのような目をしていた。


「……ッフン」


 学生時代からの友人は鼻で笑い、しかし十川が本気だと知ると「……フスン」とよくわからない音を鼻から出した。


 つまり十川が放った、三十六年間で最大の熱意の叫びは、まるで沿海から聞こえる客船の汽笛のように、まるで山伏が吹く法螺貝の音のように、誰にも遮られる事なくどこまでもどこまでも遠くへと伸びていき、残響を残しながら消え失せようとしていた。


 ◇


「良いですね。僕も好きなんですよ。スノードーム」


 十川の熱意を優しく受け止めたのは、よく知らない、初めて会ったばかりの中年男性だった。行きつけの居酒屋でクラゲの酢の物をつつきながら店主に妻が去った事をぼやいていた時の事だ。


「おお! わかりますか、あの素晴らしさが!」


 旧来の友人に久方ぶりに出会った時のような高揚感を抱いて、十川の声は自然と弾んでいた。

 十川と同じくらいの年齢か、角度を変えて見れば四歳も五歳も若く見える容貌をしているその男性は、目尻に少しだけ皺を作りながら微笑み、ウンウンと頷いた。


「スノードームといっても、僕が好きなのは海の風景なんですけどね。ほら、水族館とかいったらお土産コーナーによく売ってるじゃないですか。本当にスノードームが好きな方からしたら邪道なのかな。ハハハ」

「いやいや、そんな事ないですよ。私も色んな所を巡って集めたりしていますが、雪景色には雪景色の、海景色には海景色の素晴らしさがあるじゃないですか。白いパウダーが舞っているのも、色とりどりのラメが舞っているのも、私は好きだなあ」


 せっかくのスノードーム仲間を逃してはなるものかという勢いで、十川は彼を全肯定した。


「自分で作ったりもしてるんですよ」


 彼はそう言って、少しはにかんだ顔をした。


「ほう!それはまた!是非見てみたいですね。もしよければですが……」


 その後もその男性と十川は話を弾ませて親睦を深めた。

 その結果、彼が自主制作したという作品を見せてもらい、それに感動した十川は是非店を開いた時には作品を仕入れさせて欲しいと頼み込んだ。

 彼は「数は作れないですけど……」と少し困った顔をしながらも了承してくれた。


 ◇


 ――彼に出会わなければ、この店は開けなかったかもしれない。感謝してもしきれないな……。


 制作作業を進めながら、十川は恩人と言える存在との出会いを思い返していた。先程の若者が手に取っていたスノードームが彼の作品だった為、思い出がふと蘇ってきたのだ。


 ――いつかは、彼の作品を超えるものを作りたい。

 そんな熱意を心の奥に秘めながら作業を続け、気づいた時には時刻が日付を跨ごうとしていた。

 十川の自宅は一駅向こうにある。終電には間に合うだろうがなんとなく気が急いた。

 慌てて後片付けをすると、十川はまだ完成には遠い作品に一度視線を巡らした。そして作業室の重たい扉を抜けて店内の確認を軽く済ませ、人通りが無くなって森閑としている通りへと出た。吐く息が白く煙る。

 最後に鍵の確認をしてシャッターを閉める。

 ――明日もまた宣伝効果でお客がたくさん来るかもしれない。

 そんな期待に胸を膨らませながら、十川は駅への道を小走りに歩いた。


 ◇

 

 翌日。朝から雪が降っていた。

 異変にはすぐに気づいた。シャッターは上がっていたし、入り口の扉の鍵も開いていたのだ。

 十川は慌てて店の中へ飛び込んだ。

 ――空き巣だ。空き巣泥棒が来たんだ。

 店の中にはお金は残していない。これは空き巣被害が出る以前からの商店街の決まり事で、既に数軒の犯行を重ねている犯人にしたって周知の事実の筈だ。つまり狙われたのは商品そのもの。

 まさかという驚愕と何故自分の店が狙われたのかという疑問で、十川の背中には真冬にも関わらずビッシャリと冷や汗が浮かぶ。必死に商品を確認するが目立った形跡はなく、判然としない。

 ハッとして作業室を見る。

 ――在庫をそのまま持っていったか? いや、それよりも私の作品が!

 十川はバタつく足でもがきながら作業室の扉を開いた。


 ――無事だ。無事だった。良かった……。

 十川は自分の作品と在庫の無事を確認すると、取り敢えずの安心感からハアと一息吐いた。

 ――さて、そうすると空き巣犯は何を盗んでいったんだろう。やはり陳列棚にある作品のどれかだろうか。

 十川は怪訝な面持ちで作業室を出ると、もう一度陳列棚の確認に戻ろうとした。


 コロン、コロン……。

 入り口のベルが鳴り、二人組の、スーツ姿の男たちが肩に付いた雪を落としながら入ってきた。


「あー……すいません、開店前に」


 懐を探りながら十川に近い側にいた男がおもむろに、紐がついた黒い定期券入れのようなものを出した。


「◯◯市警の樋谷といたにです」


 定期券入れと思ったものは警察手帳だった。金文字の入った表紙をパカリと開けながら、男が名乗った。続けて後ろの男も同じ動作をし、自分の氏名を名乗った。


 十川は驚きのあまり、口をパクパクとさせた。さすがに対応が早過ぎる。まだ被害確認すら済んでいないのだ。確かに十川は、通報しようと思っていたが、まだ電話を手に取ってすらいなかった。

 ――シャッターが開いていたから、誰かが代りに通報してくれたのかな。

 十川は無理やり頭をそう納得させると、樋谷と名乗った刑事に事情を説明した。


「刑事さん、対応が早くて助かります。えっと……まだなにを盗まれたか分かってないんですが、どうしましょうか? 私も店に来たばかりなんで……ええ、ヘヘヘ。指紋の確認とか、足跡の確認とか、あー……まずは事情説明からですか?」


 動揺が口を鈍くして十川は自分でも何を言っているのかわからなくなった。


「……何を言っているのかわかりませんが?」


 樋谷刑事は率直にそう答えた。


「いえ、私たちがここに来たのはですね。先程匿名の通報があったからでして。その、店内をね、少しばかり捜索させて欲しいんですよ」

「はい? 店内を捜索ですか? 空き巣犯の……?」

「空き巣犯? いえ、それはまた違う話です」


 話が上手く噛み合っていない中、樋谷刑事がまた懐を探り、白い書類を出した。


「家宅捜索の令状もあるんですよ。いや、私たちもビックリしたんですけどね。サクサクっとなぜか令状持って行けって上司に言われちゃって。とにかく店内を調べさせてもらいますね」


 軽い調子でそういった樋谷刑事はズンズンと作業室に向かった。当然だ。店内で視界に入っていない場所はそこしかないのだから。


「あ……待って! 待って下さい! そこには私の作品が!」


 十川はがむしゃらに樋谷刑事を止めようとするが、その歩みは止まらない。何の躊躇も無く作業室の扉を開いた。

 冷気が白いモヤとなって外に漏れる。


「あー……こりゃ言い逃れもクソもできねえなあ……」


 中を確認した樋谷刑事がそう呟いた。


 ◇


 作業室には、青白い肌をした一組の男女が、体を変な形に歪めて、テカテカと鈍い光沢を出して固まっていた。

 明らかに、死んでいる。

 その死んだ二人の傍には、作りかけの巨大な白い塊が立てかけられている。

 

 ◇


 十川は呆然と立ち尽くしていた。世界が黒く濁っていくのを感じていた。

 まるで液体で満たされたように、周りの全てがゆっくり動いているように見えた。

 間延びした低い音を出しながら、両手に手錠を掛けられる。

 刑事が逮捕時の口上を述べているがそれもひどくゆっくりと、低く重たい音になって響く。

 どこから湧いて出たのか大量の捜査員が十川の周りを囲み、肩を押さえられながら外に連れていかれる。

 雪が舞っている。

 まるで乱暴にスノードームを振った時のように、雪が縦横無尽に舞っている。


 ◇


「結局、匿名の通報って誰だったんですかね」


 樋谷刑事はなにげない疑問を一緒に来ていた先輩刑事へとぶつけた。


「さあな、案外、あの犯人が言ってた空き巣犯が通報してきたんじゃないか」

「いやあ、それだとおかしくないですか? だってこんなに早く家宅捜索の礼状が出たのって、明らかに上の方で圧がかかってるじゃないですか」

「……さあな」


 先輩刑事は短くそう返すと、先に出ていた捜査員を追いかけるように店から出て行った。

 樋谷は店内を見渡した。そこには様々なスノードームが並んでいて、幻想的な世界をその球体の中に閉じ込めている。ふと、レジカウンターの前あたりに陳列されているものの間にトランプのようなカードが挟まれている事に気づいた。

 樋谷はそのカードを手に取って裏、表と繁々眺めた。裏面にはクラゲだろうか、なにやら触手のたくさん付いた気持ち悪い生き物が書かれている。そして表面には空白を上手く利用して目立つように、メッセージが書かれていた。

 樋谷はそのメッセージを見ると、頭をポリポリとかき、そして呟いた。


「あらら……、マジですか」


 ◇


   幻想的な世界、頂いていきます

    この球体のクラゲよりも貴方の魂は小さくて弱い

     ドームの代りに二度と出られない鉄の箱を貴方に送ります


 ――怪盗「くらげ」(月~金:午前二時~午前五時 活動)

   お問い合わせ:出来ません

 

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