第3話 ウインドミルと風詠みの少年

 風詠み。

 彼自身がそう呼ぶ、彼に備わった能力は数秒後に吹く風の強さ、向き、タイミングを直感できると言う不思議な力である。


 そう説明して最初に一言少女は静かに語る。

「信じられない。そんな話」

 まるで魔法まほう超能力ちょうのうりょくたぐいであると思われそうなこの直感は、最初は彼女のようにやはり信じない人が多い。

 だが、何度かこの能力を披露ひろうしているうちに周りも信じざるをない状況になる。


「なら、どうしたら信じる?」

 悪戯イタズラっぽく笑う弥太郎の提案に彼女は「むぅ」とうなり、ボソリと言った。

「だったら、次に吹く風の方向はどっち?」

 弥太郎は特にひるむことなく一瞬考えて、答えた。

「ここから北北東に向かう風」

 その直後にゆるい風が吹く。北北東に向かって。

「……だったら、次の風は何秒後?」

「五秒ってとこかな。ちなみに方向は真北だ」

 それも言われた通りに吹いた。

「だったら……」

「次の風は今から約三秒後。ここから西北西にさっきよりも強い風が吹く」

 これ以上続ける事に弥太郎は不毛ふもうさを感じたのか、今度は先を制して説明を入れた。

 そして予定されていたかのように風が舞った。弥太郎のパーカーのフードを強くはためかせながら弥太郎は微動だにせずに彼女に笑いかける。

「まだやる?」


 百発百中。全問正解。

 強さも向きもタイミングもほとんどずれることすらない。この能力の正確性は非常に高い。

 こうやって実証じっしょうされてしまうと、どんな否定要素を山盛りに用意しても否定ができない。

「僕も良くわかんないけどさ。できちゃうんだよね」

 トドメとばかりにこう言われてしまえば、それ以上の追及などできるはずもない。


「と、とりあえず良い」

 ボソリと「納得なっとくはしてないけど」と、付け加えれいるあたり完全屈服とはいかなかったようだが、真っ向から否定はしなくなった。

「だったら、一つ頼みたいことがあるの」

「頼み?」

「『ウインドミル』を飛ばすのに、協力して欲しい」

「どういうこと?」

 それだけではきちんと理解できるはずもなく、詳しい説明を求める。

「私の父は十年前にこの場所で一つの挑戦をしました」

「挑戦?」

「はい。私の父は『ウインドミル』、もといこの紙ヒコーキをこの場所から対岸の展望台まで飛ばすと言う挑戦です」

「ここって……、まさか北と南の展望台って事?」

 それを聞いて弥太郎は素直に驚く。

 確かにこの展望台同士は他の箇所と比べれば山と山が接近している地点で向かい合っている。だか、それでも二〇〇メートル以上は離れている。

「それは……ちょっと無謀むぼうじゃないかな?」

 紙ヒコーキに詳しくない弥太郎でもそれが難しいのはわかる。なにせ、先程まで少女の失敗をこの目で見てきたのだから。

「でも、父さんは十五センチ手前まで行ったんだ」

「じゅ、十五センチ⁉︎」

 先ほどまでの少女の投擲とうてきを見たところでは、それが難しいことであるなどとは想像に難くない。

「でも、結局はその壁に阻まれたんだ。だから私が父さんの代わりにやらなきゃいけないんだ」

「父さんの代わり?」

 と言うことはつまり……、

「気にしなくてもいい。父さんが亡くなってもう一年以上経つから」

 そう語る彼女は本当に気にしていないようだった。相変わらず揺るがぬ平坦な口調で語る。

 そのような理由があるとしれば、弥太郎としても無闇に断れない。それに何より人の役に立てそうだった。

「了解だよ。そう言う事なら手伝おう。どうせ春休みで特にすることもない身の上だからさ」

 大きく伸びをして肩をコキコキと鳴らす。

「それに今日はきっと良い風だしね」

「良い風?」

「一緒に遊ぶには持ってこいって事さ」

 右手を差し出して弥太郎は最初の儀式を執り行う。

「僕は、長峰弥太郎」

 が、親愛の儀式あくしゅは彼女は無視し、弥太郎から目線を離さない。

「私は、夏川美空なつかわみそら

 最低限の礼儀として名は名乗ったが、れ合わないと言う牽制なのだろう。

 そのスタンスに少し呆れつつも、その徹底ぶりには少し感心する。

 夏の名は今の季節にそぐわないが、美空とはまさしくこの挑戦の為の名前のようだった。

「よろしく。ミソラ」

「よろしく。ヤタロー」

 この二人の出会いの瞬間。

 この時に初めてこの挑戦は始まったのだ。

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