第6話 ウインドミルと夜の街

深夜二時。


コンビニが二十四時間営業なのは、こんな田舎でも変わらない。

暗闇の中でコンビニだけが煌々こうこうと輝いているのは、かえって寂しさが余計に引き立つ気がする。

もっとも、その辺りの寂しさを脇に置けば、日本全国でコンビニがこうして営業しているのは彼女にとって悪い話ではない。

「コーヒーの味も変わらないのもいいわ」

本当はもっと苦いのが好みだが、贅沢ぜいたくを言っても仕方がない。

「あれ、ミソラ?」

夜中に似つかわしくない元気な声が聞こえる。

「ヤタロー……」

本当はもっと静寂せいじゃくな雰囲気に浸りたいのだが、どうもそれを許してくれるような相手ではない。

問題の弥太郎は美空が飲んでいるものに対して興味を寄せていた。

「こんな時間にコーヒーって、体に良くないんじゃない?」

気遣うような語り口だが、美空からすれば余計なお節介だった。

「あなたのその優しさって、ときどき忌々しいわ」

「忌々しいって……」

キツイ言葉に「タハハ」と苦笑いを浮かべていた。

美空自身そこまでキツイことを言うつもりはなかったが、口から出たものは仕方がない。

「大体、こんな薄味のコーヒーでどうもならないわ」

「……味の問題なの?」

多分違う。だが、わざわざ訂正するのはどうにも億劫おっくうだったので、そう言うことにしておいた。「へぇ」と弥太郎は感心する。弥太郎はこれから先になんらかの形で恥をかくだろうが、それは美空の知るところではない。

「ヤタローこそ、こんな時間にうろつくなんて健康に良くないでしょう」

自分のことを棚に上げた追及だったが、弥太郎は大したことでもないように言う。

「僕は、ちょっと眠れなかったから風に当たってた」

らしい答えだと思う。

そして、同時に共感もできた。

美空は弥太郎のように風を詠む力などないが、この街の夜の風は都会と違い、風の優しさや生き物のように自由にそよいでいるのが分かる。

風が好きだ、そう言った時に美空はなんて変わったヤツなんだと思ったが、彼女もこの街に長く住めばそうなっていたかもしれない。

ともあれ、

「明日こそウインドミルを届ける。展望台から展望台へ」

美空が口にしたのは、特段変わったこともない。いつも掲げていた目標設定。目新しさなど何もない。

そのはずなのに……。

「どうかした?」

弥太郎の様子がおかしい。

いや、美空から見れば彼はいつもどこかおかしいのだが、そうではない。

詳細に言えば、急に弥太郎が落ち着かなくなってきた。

「ねぇ、ミソラ」

「何?」

そこから先はなかなか言葉が出てこなかった。いつも素直な言葉をぶつけてくる彼にしては珍しい。

そして弥太郎は次の言葉を出すために、さらに一〇秒時間を使う。


「一〇年前。本当に挑戦は失敗したんだよね」


その言葉は、今度は確かに一瞬だけ美空の手を止めた。止めざるを得なかった。

「僕の父さんも前回の挑戦の話を知っていたんだ。そして、こう言ったんだ。『一〇年前は成功した《ルビを入力…》』って」

「……」

美空は何も語らない。

「ミソラ?」

踵を返した。それは一体何のためなのか。

ただ、美空はその行動を逃げるためということにはしたく無かった。

「コーヒー。買ってくるわ」

弥太郎は二杯目であることは特に指摘しない。きっとそれが忌々しい彼の優しさなのだろう。

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