第2話 ウインドミルと風の街
「今日もいい風が吹いてるね」
街を歩く彼の周りはいつものように風が
その名の通り、この街は強い風がたくさん吹くことで有名だ。
弥太郎には難しいことはわからないが、山の隙間を縫うようにして走っている風羽川や、両脇に
長峰弥太郎は県立高校に通う16歳。この街で生まれ、この街の風を受けて成長した少年だ。そのせいか知らないが風に関しては少しうるさいのである。
弥太郎曰くであるが、夏は涼しくて爽やかな風が、秋は淋しくも緩やかな風が、冬は冷たくて鋭い風が吹くのだという。
そして、弥太郎が好きなのは力強くて優しい春の風。つまり、今この季節の風だった。
因みに、その風の感覚が最もよく分かるのは、この街自慢の二つの展望台。
通称、北の展望台と南の展望台。
二つの山にある、互いに向かい合うように存在する崖を利用して作られた展望台。
展望台と言うほどに高い場所には作られていないが、風羽川の川幅が大きく、川底がかなり低い位置にあるので、意外と見応えがある。
良くいえば
弥太郎は赤いパーカーにジーンズと比較的ラフな格好で展望台に向かう。時の流れに浸りながら、風を感じる、彼にとってそれは贅沢だった。
人の少なさも相まって、弥太郎が風に没頭するにはちょうどいい。
だが、たまにはこんな日もある。
(誰だ? あれ)
弥太郎が南の展望台に行くと見知らむ少女が柵の前で屈んでいた。
見自分と同じ歳の頃の、地味なツナギを着た少女はなかなか目立つ。
そして、何かを投げていた。
「紙ヒコーキ?」
しかも、弥太郎が遠目で見る限りは子供の頃に折ったようなシンプルなものではなく、多少手が込んでいて
ついでに言えば上半身の捻りを加えた特殊な投げ方からすると、恐らく素人が面白半分で投げているわけではないに違いない。
どこに向かって投げているのか?
多少歩み寄って紙ヒコーキの行き先を目で追うも、ほぼ全てが川に吸い込まれている。
これでは「紙ヒコーキを飛ばしている」と言うよりも、「川にゴミを捨てている」と言う方が近い。
これって環境破壊にならないのか、と半分本気で考えつつ、しばらく黙って見ていたが、ほぼ全てが川に呑まれ、例外のいくつかも川の手前で落ちると言う散々な結果だった。
「あの? いいですか?」
思わず声をかける。
弥太郎の声に「何?」と振り向いた少女の容貌は整っていたが、表情がどこか乏しかった。感情の起こりすらを無理に抑え込んでいるいるような、そんな冷たさ。
「えっと、何をしてるのかな?」
その質問には答えず。
「見て分かんない? 『ウインドミル』を飛ばしてるの」
ボソリと呟いたその言葉が質問の返答であると気づくのに一瞬かかった。
「へ、へぇ。でも何で風羽川に向かって?」
ウインドミルとは紙ヒコーキの事か。話の流れから恐らくそうだろうが、あえて聞く勇気は彼にはない。
しかも、彼女の機嫌は更に悪くなり、言葉も鋭さを増す。
「川なんかに投げてない」
弥太郎に地雷を踏んだらしく、表情と言葉はとても冷たい。「いや、川に投げ込んでるよね」とは弥太郎には言う勇気もない。
代わりというわけでもないが、一言用意する。
「だ、だったらさ。あと一〇秒待ってみない?」
その一言で、少女の目つきは更に厳しいものに進化した。それは「何でオマエにそんな事を言われんといかんのだ」とでも思っているに違いない。
「ほら、あと五秒。四、三、二、一……」
不審そうに弥太郎を見ながらも、少女は半信半疑そうに見つめながら、弥太郎が「ゼロ」を告げるタイミングでその手を離す。
ブワリ、と一陣の
山から吹き下ろす風に川から持ち上げるように吹き上げる風。
紙ヒコーキは今までとは明らかに異なる勢いで突き動かされるように空を翔け、遂に川を越える。
「どうして?」
毒気を抜かれたようなそんな表情と言葉。投げた彼女が信じられないと言わんばかりに静かに詰め寄って来た。
「あなた。何をしたの?」
弥太郎は何もしていない。ただ投げるタイミングを教えただけ。
「何であのタイミングならいけると思ったの?」
先ほだとは違い、声の調子に力が宿り僅かに興奮している。
弥太郎は少しはにかみながら言った。
「僕はね、風が詠めるんだ」
ここは風の街。
この街で誰よりも風を愛した少年は、同じように誰よりも風に愛されている。
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