第4話 ウインドミルと新たなる挑戦

 長峰弥太郎はこの数日、夏川美空と共に過ごし、少しばかり理解したことがあった。


 最初の日には笑顔の一つもない不機嫌な面構えしか見せなかったが、挑戦の最中にはケースバイケースでほんのりと楽しそうにする瞬間が確かにあるということ。

 しかし、弥太郎に投げかける言葉は必要以上に辛辣しんらつであったのは変わらない。


「ミソラはさ。時々いい表情かおをするよね」

 ふとそんなことを言った時も、彼女は表情一つ変えない。少しでも慌てれば可愛らしいのに、と思う。

「紙ヒコーキをいじってる時とか」

「紙ヒコーキじゃない。『ウインドミル』」

 そして彼女は『ウインドミル』という名前に結構な執着しゅうちゃくを持っていた。

「『ウインドミル』ってこの紙ヒコーキの名前でしょ? 名前に何かしらの由来があるの?」

「さぁ? 私は知らないけど」

 執着する癖に由来を知らないとは不思議だ。弥太郎は予想外の反応に少し戸惑う。

「別に。その名前をつけたのは私じゃないから」

 その言い方と話の流れからして、美空の父親がその名を付けたのだろうと、なんとなくわかる。

「まぁ、ウインドミルは『風車』って意味だからね。この風羽町にかけたんだと私は思ってるけど」

 寂しそうに「割と単純な人だったから」と彼女は付け加える。

 確かにヒコーキ好きというだけで、ここまでしてしまうのは単純なのだろう。『ウインドミル』の由来も案外あんがいそんな理由なのかもしれない。

「お父さんってどんな人だったの?」

 その言葉に少しばかり考え込む。言うか言うまいかの葛藤かっとうではなく、どのよう表現するかを悩んでいるようだった。

 そうして、悩んだ末。

「ヒコーキが好きで、でもその夢が叶わなくて、そしてその夢を誰かに託そうとする冴えない人」

「…もうちょっと優しい言葉を使おうよ」

 でも、彼女はきっと敬愛しているのだろう。

 何故なら、そう語る美空の表情はわずかに優しく年相応の少女だった。

「お父さんとヒコーキの事、好きなんだね」

 何気なく発したその言葉で彼女の表情はくらしずむ。

「そんな事……ない」

「ミソラ?」

 消え入りそうな声のせいで思わず聞き返してしまった。

「私は楽しんでなんていない。ただ、私には父の意志いしぐ義務がある。そのためだけにやってるだけなのよ」

「ミソラ?」

 そう問いかけると、美空はふと我にかえる。

「ごめんなさい。あなたに話しても仕方のないことだったわ」

 そう言うと、彼女は何も話さなくなった。

 むしろ、ここまで話してしまったことをじているようにも見えた。

 楽しめないのではなく、と言う思いに囚われているように思った。


 長峰弥太郎はこの数日、夏川美空と共に過ごし、少しばかり理解したことが確かにあった。


 しかし、恐らくは弥太郎はそれ以外の大切なものをきっと未だ知らないのだろう。

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