第11話 ウインドミルはこうして再び空を飛ぶ

 春が過ぎれば夏がやってくる。

 それは色々な変化で人は認識している。

 長峰弥太郎の場合は、やはり風の変化でそれを感じていた。

「夏になれば涼しくて爽やかな風が吹くんだよね」

 ここで風を受けていると、弥太郎はあの日のことを思い出す。

 あの挑戦からすでに四ヶ月が経とうとしていた。

「あんたが長峰弥太郎で良かったかい?」

「え?」

 不意をつく様に、風の余韻を覚ますような声音と共に突然現れたシャツとジーンズを着た女。敵を威嚇しているような態度につい体が強張る。

 相手は弥太郎のことを知っているようだが、彼は会ったことはない。

 記憶違いという事はない。こんな猛獣もうじゅうじみた女など一度会えば忘れるはずがない。

「そうですけど……。あなたは?」

「あぁ、私は夏川あかね。夏川美空の伯母だよ。何ヶ月か前に姪が世話になったみたいだから挨拶あいさつにね」

「お、伯母?」

 本当に親戚しんせきなんですか?

 と、いう失礼すぎる言葉は何とか喉元のどもとで留まった。



 結論から言うと、挑戦は成功した。

 弥太郎が投げたウインドミルは二〇〇メートル以上飛び、美空の手元まで運ばせることができた。

「でも、僕は大したことはしてません。僕がしたことなんて、ただ『投げた』だけですしね」

 その一言を聞いてあかねは苦笑した。

「あの功績は、君の風の流れを知る力があってこそだと聞いたけどね」

 誰からそう聞いたのか。それは問うまでもないだろう。

「ミソラはどうしてますか?」

「元気だよ。本格的に航空こうくう関係の職業に就くことを考えてるって話だ」


 全部が終わってから美空は言った。

『ありがとう』

 そう言った時に見せてくれた自然な笑顔を見て、弥太郎はそうなるだろうと予感していた。

 なら、彼女は前に進めているらしい。

 ずっと抱えていた「挑戦」と言う名の一〇年前の呪縛じゅばくを振り切って。

「今は忙しくしてるみたいだね。休みなしで勉強と言っていたよ」

 なら、しばらくは会う機会も無いだろうか?

 と考えると、彼女の変化は嬉しい反面寂しくもある。

「あかねさん。少しいいですか?」

 あかねは軽く頷いて続きを促した。

「応援してる、と伝えてもらってもいいですか?」

 自分で送るには恥ずかしいが伝えないわけにもいかない言葉。そう言うと、キョトンとして可笑しそうに笑う。首を軽く振って「私だって照れ臭いさ」とアッサリ断る。

「だから、本人に言えばいいさ」

 その意味がわからず、「どう言うこと?」と聞き返そうとして聞こえた言葉。

「ヤタロー」

 そう言って坂道を登り、展望台に登ってきたのは、いつものツナギを着た少女。

「ミソラ?」

 その少女が来たことを確認するとあかねは入れ替わるように出ていった。

 いないはずな少女。

「勉強で忙しいんじゃ無かったの?」

「だから実地研究なの」

 悪戯っぽくそう言って、その流れが当然なあるかのように何かが入ったビニール袋を渡してきた。

「私はまだからさ。この夏で決めたいと思うんだ」

「もっかいするの?」

 その質問にはにかみながら「そう」と肯定した。

「君が達成した時は本当に嬉しかったし、スッキリもした」

「なら」

 以前とは少し違う晴れやかな顔。しかし、その一瞬はぎこちなく笑う。

「でも、やっぱり少しだけ、本当に少しだけなんだけど、悔しかった」

「んで、一緒に手伝えってこと?」

 その言葉に少し呆れ、でも嬉しく思う。

「いいよ。どうせなら一緒に風を感じよう」


「「今日もいい風が吹いてるね」」


 ウインドミルはこうして再び空を飛ぶ。

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ウインドミル あらゆらい @martha810

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