夏合宿2日目
「で、その山本って子が好きだと?」
「何でそんな飛躍するんだよ。合宿で山本と喋る機会が増えたってこと。」
「でも添島先輩の次は『山本』だぜ?お前の流行語」
「そうかなぁ、まぁ山本とは何もないよ。」
「まぁせいぜい頑張りたまえ、青少年よ」
「勘違いされてる気がするけど、まぁ頑張るよ。公演もあるしね。」
山崎のおせっかいは今に始まったことではないけど、今回は少し照れ臭かった。
夏合宿2日目
朝食を食べた30分後には朝練が始まる。
「よーし、じゃあ涼しいうちに走るぞー昨日と同じ3km」
走る走る走る湖畔を走る
昨日の筋肉痛で身体が悲鳴を上げている。
「よーし、持久力の後は瞬発力だ。3分耐久反復横跳、300回超えなかったら罰ゲームなー」
あぁ朝から吐きそうだ。朝からキツ過ぎじゃありませんか?
「お疲れー、じゃあ軽く水飲んだらストレッチして基礎練するよー」
うん、もう体幹がグラグラだ。上にも下にも横にも伸びない。痛くて萎縮してるよ、私の身体は。
「そしたら振入しますー」
ふぅ、地獄が終わったか。
振入の時間は難しいし、覚えきれないけど、楽しい。自分がダンスをこんなに好きになるのは意外であったけど、この時間は心身共に充実している。でも添島先輩が言っていたようにあの地獄のような基礎練を積み重ねてこそダンスがうまくなるし、より面白くなるのだろう。でも振入の時間だけにならないかなー、そんな淡い期待を抱いてしまう自分がいる。
昼休憩中、いつものように山本が近付いてきてお説教が始まる。
「あんた筋トレ途中でサボってたでしょ。基礎練も手抜いてるみたいだったし。ちゃんとやりなさいよ。」
「うん、分かってるけど身体がついていかないんだ」
「それはあんたが勝手に限界を作ってるからよ!気合いと根性で身体を動かそうと思えばいくらでも動くよ」
「体育会系の暴論じゃないか、それは。」
「やってみてから言いなさいよ。私だってキツいし辛いけど、負けたくない一心でついていってるんだから。」
「山本は運動部だから元々持ってるものが違うんだよ、きっと。」
「そうやって自分に言い訳してるうちは絶対にうまくならない。あんたの成長は現在進行形で止まってるよ!」
「昼休憩くらい休ませてよ。俺はもう限界なんだ。」
「あっそう。勝手にすれば。でもたとえサボってる事が周りにバレてなくても自分を誤魔化すことは出来ない。だったら私は必死に食らいついていくの。」
「山本は凄いな。俺も頑張るよ。」
「おーい、ケンカは終わったかー?みんな心配してるぞー」
佐伯先輩に諭された、いや、茶化された。
「大丈夫です、すいません。」
私はすぐに謝る。
「すいません、でもケンカじゃなくて一方的に捲し立てただけです。私が騒いでしまい申し訳ありません。」
「あー、いいの、いいの。熱いのは良いことさ。昼からも頑張ろうね。全部昨日の1.2倍のメニューになるから。」
笑顔の佐伯先輩に対して私も山本も一瞬で顔が曇り、そしてハモる。
「えっ!?昨日の1.2倍ですか!?」
「うん、昨日ちゃんと軽めに言ったじゃない。他人の話はちゃんと聞かなきゃダメだよ。」
微笑んでいる佐伯先輩に一言
「先輩って優しい顔してドSですね。」
「うん、よく言われる。午後も張り切っていきましょー。」
昼からの壮絶な練習メニューは最早意識が遠のく勢いだったので、記載不能。でも山本の言葉が頭に引っ掛かり続けていたので、全てのメニューを限界を超えてやり続けた。
あれ?私はこんなに動けるのか。身体は痛みで悲鳴を上げているし、精神も警戒音が鳴り続けているけど、やればできるものなんだな、本当に。山本万歳。
夜練はマッサージにストレッチと身体をリラックスさせるメニューが多く組まれて最後にお楽しみの振入時間と踊り込みの時間がたっぷりと取られた。
1日を終えた私はとてつもない充実感を覚えていた。やはり昼練以降全てのメニューをこなした事で自分の中で後ろめたさが一切ないからだろう。あぁこれが運動部の感覚なのかな。そんな余韻に浸っていると
「お疲れー、あんたやっぱりやれば出来るじゃない。」
「出来たね、俺。山本のおかげかも。」
「何それ、気持ち悪っ!あんたが自分に負けずに頑張ったからでしょ。」
「うん、それはそうなんだけど、山本の言葉がずっと頭に残ってたんだ。文化系の人間から体育会系の人間に変われた気がするよ。」
「それは文化系の人間に失礼よ。私は文化系の人間の方が諦めずに探求し続けてるイメージ。つまり単にあんたが弱かっただけ。」
「相変わらず厳しいなぁ。でもそうかもね。自分に言い訳せずにやり切ることが気持ち良いって初めて知ったよ。」
「うん、良い傾向だね。私も負けずに頑張るわ。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
やりきった自分への高揚感でその日はなかなか寝付けなかったが、最後は疲労感が勝利し、深い眠りについた。
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