夏合宿ラスト

「山崎、お前もう無理だって思うことないのか?」

「そう思うことを無理だって思うようにしてるよ。」

「やっぱりただの野球バカじゃないな、山崎は。」

「俺の凄さが分かったか。でも俺だって本当は挫折してるんだ。どうしようもない才能の違い・能力の違いを感じると神様を恨みたくもなるし。でもどんなに才能があっても全ての能力で俺に勝ってるわけではない。自分が勝てるポイントを探してそこで勝負するんだ。一流のプロ野球にだって弱点はあるし、出来ない事もある。野球に限らずに考えれば野球しかやってきてないから野球以外の事なんか出来ない事の方が多いだろうしな。つまりどんなに完璧に見える人でも他人には分からない苦悩はあると思う。だから他人と比べずに自分を信じて長所を高めるしかないんだ。」

「かっこいいな、山崎。」

「こんな事をお前に言う日が来るとはな。吉川もこっち側の人間になってきたって事だな。」

「うん、そうなのかも。」


いよいよ、合宿も最後の最後。

これまで合宿でやってきた9月の公演でも使う振付を確認し、何度も繰り返し踊って身体に染み込ませていく。身体はボロボロ、一度倒れたらもう起き上がれないくらいの状態、なのにダンスが楽しくてみんなと踊ってるのが楽しくてこの瞬間を一秒も無駄にしたくない、そんな不思議な感覚。おそらく過去の私の人生では経験したことない感覚。

「よーし、じゃあ水飲んだら学年ごとに披露しようか。一年生だけはかわいそうだから三年から3人くらい前に立たせるぞ、最初は。」

水飲む時も座れない、座ったら立ち上がれなくなる。

「じゃあ一年生からいきましょう。さぁ張り切ってー!見てる側も盛り上げてー」

佐伯先輩の号令、途端に緊張する。よくよく考えたら目の前で見られる状況で踊った事はない。知ってる人達とはいえ、恥ずかしい。踊れていないのがバレる‥。

「よし、頑張るよ!」

山崎が私の緊張を見透かしたように声を掛けて背中を叩いてくれる。

「痛っ、でもありがとう。頑張ろう」

山崎が微笑む。背中の痛みが胸にまわった気がした。

「はーい、いくよー。5・6・7・8!」

踊り出す、楽しい。さっきまでの緊張感が嘘のようだ。自分の事に必死なのに、先輩達の声援や一緒に踊ってる同期の躍動を妙に落ち着いて捉える。ダンスって楽しい!

「よーし、お疲れ様ー。前後左右入れ替えてもう一回いこう。5・6・7・8!」

添島先輩と目が合う。添島先輩が微笑む。温かい気持ちになる。私は一人じゃない。みんなに引っ張られて、支えられて踊れているんだ。そんな感覚。

「はーい、じゃあ次二年生」

ミスはたくさんした。動きも変だったかもしれない。でもそんな事が気にならないくらい気持ちが良かった。

二年生・三年生も二回ずつ踊る、圧倒される。自分は一年後、二年後こんなに踊れるようになっているのだろうか。でもこんな風になりたい。

「よーし、じゃあ一年生2回、二年生4回、三年生は自己申告制で全員ノーミスで踊れるまでやりますー。」

ラスト2回。身体はキツいけど、もっと踊りたいという気持ちすら生まれている。

一年生・二年生と披露が終わり、三年生は壮絶だった。

もう、何回目?、10回近くやってる気がするけど‥

「はい、ごめんなさい。俺一個ミスした。」

佐伯先輩が申告する。

「ごめん、俺も動きが悪かった。」

添島先輩も申告する。添島先輩の事を見てたけど、ミスには気付かなかった。でも添島先輩の中ではきっと納得がいってないんだろう。

「俺のせいで申し訳ないけど、もう一回集中していくよ!5・6・7・8!」

踊る、踊る、踊る

大捜査線より踊っている。さすがの先輩達もボロボロだ。

「みんな疲れてるのは分かるけど、一回一回集中していくよ。今妥協したら絶対に妥協する癖がついちゃうから。自分に厳しく他人に優しくね。」

もう20回以上踊っている、見てるこちらが辛くて涙が溢れてくる。もう良いです。そう言いたくなる。

まともに前が見えなくなってしばらくした後

「おぉ!今良かったんじゃない!鏡見てる限りは良い感じだった気がするよ!みんなこの空気で誤魔化さずに正直に言って。」

「‥‥みんなノーミスだー!」

喜びもひとしお‥と思った矢先に佐伯先輩が

「ってもうこんな時間だ!バスが来ちゃうよ!みんな着替えたら荷物まとめてロビーに集合!ひとまず解散!」

まさかのドタバタ劇で感動もかき消されて僕らの合宿は終わった。




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