一章 島流し王子の補佐官就任_2
結局、ユーリアは集落じゅうをあいさつしてまわるはめになった。「これから城で働くことになりましたので、どうぞ家族をよろしく」と。
ついでに「このかたが仕事の
朝から
今日はよく晴れている。
高地特有の
大木が自生できる標高を
空を切りとるのはただ、
対して、山の中腹であるここ一帯は一面、緑の斜面だ。
ときおり思いだしたように岩肌が
──ああ、なんていい季節。
この夏の時期に、オーバーラントはもっともうつくしく輝くのだ。
「とても気持ちのいい天気だね」
感じる風と、山の夏景色に夢中になっていたユーリアは、とつぜん
「いやあ、うれしいな。まさかツェルト・ウーリの宝、レイックスに乗れる日が来るなんて」
少し興奮気味に
反射的に身を引きかけて、なんとかそれをこらえた。
近いのも当然だ。──あいさつ回りのぶん生じた
レイックスはツェルト・ウーリ族がもつ
ただ合理的に考えて同乗を提案したユーリアは、異性との相乗りをいまさらながら意識した。──ものすごく
「あ、あの、すみません。ちょっと飛ばしすぎましたね。もっとゆっくり走ります」
「いいよ。この、
「そ、そうですか……」
正直レイックスは乗り心地がいいほうではないのだが、シモンはまるで意に
「僕の馬も、ちょっと
「ご
「気にしないで。むしろ、とつぜんの訪問でこちらこそ迷惑をかけたよ。驚いたよね?」
「迷惑なんてとんでもない。ただ、少し驚きはしましたが……。案内があるとはうかがってましたけど、まさか集落からとは思わなくて」
「うん。ヴァルディールさまからは城門で待つように言われてたんだけど、
好奇心? ユーリアは首をかしげた。
「うちの集落になにか
シモンは困ったように笑んだ。
「いやあ……なにせ、高地民族ツェルト・ウーリの姫君がヴァルディールさまの『寵姫』だっていうから、早く見てみたくて……って、ほら、あぶない! ちゃんと前見て! 落ち着いて!」
「そ、そのウワサ、うちの集落だけじゃないんですか?」
なんとか手綱を繰りなおして
「事実無根です!」
「んー、たぶんきっと、タイミングが悪かったんだろうね」
「タイミング、ですか?」
「そう。
シモンが言うに、当初の予定ではヴァルディールは、王宮で囲っていたお気に入りの美女たちもぞろぞろと引き連れてオーバーラント入りを果たすはずだったのだという。ところが道中、とつぜん彼女たちを解散させてしまい、城で美女たちの住まいを整えて待っていただれもがそれに驚き、首をかしげたのだとか。
ユーリアはああ、と思う。その話はエルンストから聞いていた。
美女に
「みんなが変だと思っているところへ、三日前になって急にひとりの女性をそばに置くことにしただろう? だからみんな、なるほどと思ったんだよ。『ヴァルディールさまは意中の
「あの、そばに置く、ではなく、
「『お相手は貴族ではないことから、そばに置くには補佐官とするしかなかった』らしいよ」
「…………こじつけですね」
全力で突っ
たしかに、
「ま、気にしなくてだいじょうぶだよ。きみがじっさいに働いている姿を見せていけば、こんなうわさもすぐに消えるさ」
「当然です!」
父は親の欲目で二割増しなどとのたまったが、ユーリアは自分の容姿を客観的によく理解している。
女性にしては高すぎる身長にくわえて、顔立ちも女性らしいまろやかさや甘さとは
寵姫だと信じて、物見高くユーリアの登城をひそかに見物している連中も、一目見れば「あの顔で寵姫なワケあるかいっ!」と実に正しい
「今日の登城で必ずや、だれの目にもガッカリされるようなこの容姿を見せつけてやりますから!」
「う、うん……?」
ユーリアは
ユーリアたちは順調に城へとたどり着いた。むしろ、予定時刻よりも早すぎたくらいだった。
騎乗が許される城の前庭は、より人目を引くようレイックスに乗ったまま
ところが、だ。
どうだ! と期待に胸をふくらませ、周囲のようすをうかがったところで
(く、失敗した……。下山した時点で、シモンさんには白馬に
その女性たちの視線はときどきユーリアにも流れてきたが、どう考えてもシモンへのうっとりを引きずっているような、熱っぽいまなざしでユーリアを見ていて、『なんだコイツ寵姫じゃねーや』と鼻で
前庭を
ときおり敵意をこめてにらまれることもあったけれど、それが果たして『寵姫』に対する
「
レイックスを
「問題ありません。
「あいさつは
言って、エルンストは執務机に
着席を
ちょうど席を外しているのか、広い執務室にヴァルディールの姿はない。室内に置かれている執務机は三つ。窓辺の一段と立派なものが、城主であるヴァルディールの席だろう。
(あまり使用感がなさそうに見えるのは……気のせいだといいんだけど)
対して、左右に置かれている机には、山のように書類が積みあがっていた。いったいなんの
「──待たせたな」
思わず
ヴァルディールの登場だ。あいもかわらず
ユーリアは
「補佐官にいちいち膝をつかれたのでは時間の
ヴァルディールは執務机ではなく、ゆったりとしたアームチェアへと腰を下ろした。
「ユーリア、明日からの働きに期待する。あらためて
名を聞いてユーリアは
「顔の傷は幼少期の事故によるものゆえ、
「よろしく、姫君」
紹介を受けて、エルンストはようやく机から立ち上がり、
ユーリアが礼を返したところで、つぎに、とヴァルディールはシモンへと視線を移す。
「先代オーバーラント公──つまりは私の
十九歳、とユーリアは驚いた。年もたったひとつしか変わらないのに、すでに実績をあげているとはすごい。
「よろしく。
「精いっぱい
シモンとは
そこへ、
許可とともに入ってきたのは、神官ローブを
「ちょうどよい、こちらも紹介しておこう。オーバーラント大神殿神官長、ヒンギスだ。若いころより叔父君の腹心として仕え、この聖地へも共に下ってきた。昨年叔父君が
「ある程度のご信頼、じじいはまことに光栄でございます」
完全不服な顔で礼をとり、ヒンギスは書類の束をシモンに
「ふん、ツェルト・ウーリ族長の娘だそうだな。だがたとえ族長の娘といえど、平民は平民。運よく殿下の
「はい!」
冷たい態度だったが、かえってうれしいとユーリアは思った。
おもわず前のめりになって手をにぎると、ヒンギスは気味が悪いとでも言いたげな顔で身をひるがえし、退室していった。
「──では明日より、その
ヴァルディールはなぜそんなにも楽しげな顔をするのだろう。ユーリアが説教する気満々なことをもう忘れたのだろうか。
ふしぎに思いながらも、ユーリアはあらためて表情を引き
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