一章 島流し王子の補佐官就任_1
「これは、氷?」
「氷っていうひともいるし、クリスタルだっていうひともいるよ」
「すごいね」
「きれーい」
四人の子どもたちは、しっかりと身につけられた防寒具から細く目だけを出して、それを見あげていた。
三月のはじまりの日。氷竜山脈はまだ深い雪と氷に
まばゆい白銀の世界の中に、それは静かにそびえ立つ。
ユーリアは、
そもそも、まぶしい雪原をずっと歩いてきたせいで目がちかちかとしていた。雪目だ。しばらくはよく見えそうにない。
「ほら、中にはいるよ!」
「おいでおいで!」
ブーツに取りつけていた
ユーリアと『兄さま』も、手をつないであわてて後を追う。
透明な神殿は、
「見て!」
「すごいよ!」
姉さまと『大兄さま』は、
「すてき。
その立像もまた透明な氷、もしくはクリスタルによってつくられていた。
ただ
「きてよかったね」
ふと思いたって、ユーリアは口もとの防寒具をはずし、立像の足に
「ちょっと、あんたなにしてるの!」
「嚙んでみれば、氷かクリスタルかわかるかなって思って……。すごくかたいね、これ」
「もう、なにバカなこと言ってんの。氷だとしたって、ふつうの氷じゃないんだってば。精霊のつくった氷だから、とけないの! こわれないし!」
姉さまに
「もういいわ。さあ、目的のものを探しましょ!」
姉さまはユーリアとちがってこれらがなにでできているのかなんて気にならないようで、さっさと聖堂の中を
「さ、僕たちも探そう?」
兄さまたちふたりがユーリアの手を引いてくれた。
けれど、ユーリアは動かなかった。「どうしたの」と問うふたりに、ユーリアは
「ああ! それ……!」
ふたりが手を
指の先ほどの大きさの、氷のようなクリスタルのような、
「おい、起きろ! 聞こえているだろう!」
ユーリアは
目を閉じ、細く息をはく。
夢を見ていた。子どものころの冬の
そう思いながらもユーリアはしぶしぶ起き上がった。あの父を
ユーリアが部屋を出ると、ちょうど
「やっと起き……って、お前、そりゃなんたる格好だ。もうすぐ来るぞ! そんな格好で出る気か!? だめだろう、だめだだめだ!」
ユーリアの姿を見るなり、父はおろおろと右往左往する。いったいどうしたのだろう。さっぱりわからないが、あわて者の父にはよくある光景だった。
「来るとはだれがです? 父さまのお客ですか?」
慣れきったユーリアが冷静に
「来るんだぞ、
王子さま?
ぱっと思い
王太子ははるか遠くに離れた王都で、
「
父は血の気を失った顔でひたすらうろうろした。これでツェルト・ウーリの族長なのだから、支える母の苦労を思うと遠い目になってしまう。
「父さま、落ち着いてください。まず、
ユーリアは足早に部屋へと
「たしか、三日後に案内を申しつけておく、とは言ってたけど」
城にとつぜん呼ばれ、任官を受けてから三日が
補佐官はほかの家職や官と同じように、城内に住まいを用意される。
ユーリアは一度家に帰り、荷物などの
だれか使いの者が案内してくれるにしたって、せいぜい城門あたりからだと思っていた。
まさか山の中腹にあるツェルト・ウーリの集落まで、しかもヴァルディール自身が直接出向いてくるなど、そんなことがあるだろうか。
おかしい、と思いながら寝巻きを
それは神官のローブともよく似ていた。より動きやすいようにつくられてはいるものの、聖地の内政に関わる者もまた聖職者とされるからだ。したがって、ヴァルディールはオーバーラント公であると同時にオーバーラント大神官でもあった。
(さあ、ぐずぐずしていられないわ)
渓谷からこの集落まではすぐだ。ユーリアは長い
チョーカーのとめ金を留めるとき、
「──で、だれ?」
身じたくを整え、家の外で〝王子さま〟を迎えたユーリアは、開口一番に父に向かってそう口走った。
だれだこの人。見たことない。
「おはよう。きみがユーリアだね?」
まっ白な馬から流れる動作でおりた人物は、
「僕はオーバーラント公から補佐官を拝命している、シモン・アマン。どうぞよろしく」
シモンと名乗った人物は、ユーリアと同じ年ごろの青年だった。
人の目をひきつける
ユーリアは横目で父を軽くにらんだ。
(なるほど、『王子さま』を見た、ね)
たしかに見ためだけで言えば王子さまにちがいない。氷竜王子といわれるヴァルディールとは、似ても似つかぬタイプだけれど。
「ユーリア・ツェルト・エンドリッヒです。こちらこそよろしくお願いします」
礼を返して、父に小さく「別人!」とささやいた。
父は悪びれることなく、なあんだ、とからりと笑う。
「いやいや、俺はてっきり王子さまが迎えに来たのかと。すみませんね、シモンさんがあんまりにもこう、貴人然としてたもんで!」
「父さま、たしかにこの辺では見ないような品ある人だけど、ふつうに考えればわかります。王族がどうして貴族でもない山
高地民族は、ホルン建国以前から氷
エルンストは『
しかし父はものすごくふしぎそうな顔で、とんでもないことを言い出した。
「なぜだ? ない話じゃないだろう。お前は
は?
ユーリアは一瞬絶句した。寵姫、と言った?
「と、父さま、いったいどこをどうまちがったら、『補佐官になりました』が『寵姫になりました』になるんです!? 城へ上がるのは職を
「なにを言う、親の欲目で二割増し、酔っていれば三割増しだ。それにしらふだって、お前はハンサムと評判だろう!」
「それはぜんっぜん
女装男──。女子としては顔立ちに甘さや
ユーリアは額に手をあててうなだれた。
「もういいです、父さま。とにかく私はこれから城へ向かいます。母さまが帰ったらよろしく伝えてください。時間があったらラウラ姉さまにも。寵姫ではなく、補佐官になったのです。雑務係だそうですよ」
補佐官になった、を強調して言ったのだが、父はまだ
「だがなあ、お前が王子の寵姫になったというのは、もう有名な話だぞ?」
……。なんですと?
ふと、ユーリアは周囲を見わたした。
点在する集落の家々、そのどの窓からも見知った顔がこちらをうかがっていた。
窓だけではない。ごつごつと
「まさかこれは、そういうふうに……?」
ぼう然としていると、とつぜん、岩場から男女の幼い子どもが飛びだしてきた。
ふたりは手にしていたハイルペンリリーの花束を、がちがちに
「おめでとう、娘よ。今日は
「だから、ちがいます!!」
ユーリアの
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