第四十二話
現代における忍者の棟梁は総理大臣だったのであるが、つまりこれは忍者という存在が政府の体制に秘密裏に組み込まれていたことを意味する。
しかし、今回宝蔵院お春達が忍杯戦争で関わった忍者勢力は、その殆どが在野の忍者達だ。
それもそのはず、現総理大臣のマックス函館は行動不能に陥り、いよいよ忍者達の統制が取れなくなっていたのだから。
まず、マックス函館が忍者の統制を取れていたかどうかが怪しい。
先の錦城高校を巡る戦いで、政府直轄の忍法組織である甲賀組は壊滅した。クーデターによる新政府が設立した状況で、果たして一般の人であるマックス函館に、忍法組織の再編などという大事を完遂できただろうか?
なぜその事に今まで気づかなかったのか。
否、気付いていた。ただ、ことの重大さが全て忍杯戦争の被害に向いていたので、優先すべきではないと思ってしまったのだ。
「つまりこの十津川勇蔵(36)も初対面の時に般若面を被っていただろう?俺も柳生十兵衛族の国衆なんだよ。」
「マッジっで!?」
宝蔵院お春が母の西大寺千晴に折檻を受けてから這々の態で石舞台古墳から這い上がり、その足で車のトランクルームに連れ込まれ、わっしょいわっしょいしながら辿り着いたのは件の錦城高校だったのであるが。
そこで聞かされたのは、十津川勇蔵の意外な真実だった。
「俺は柳生十兵衛族なのに剣の腕がめっきりでな。代わりに変質者の才能があったから、それで世界平和を実現しようとしてたんだ。そこに、今回の事件だ。」
「えっ…?ああ。うん。」
「この十津川勇蔵。忍杯戦争によって一般人に死傷者が出たことは由々しき事態だと思っている。それで、お嬢ちゃん達に付いてことの成り行きを見守ってたのさ。」
「成る程。私は全裸の知らないおっさんがずっと付いてくるので本当に何なのかと思ってました。」
実際、十津川勇蔵は知らない不審者程度の存在だったのだが、彼は彼なりに色々と考えを巡らせていたというわけである。
「俺は当事者ではないからな。そんな俺だからこそ分かることがある。それは、薬師博士が怪しいということだ。」
「うん。それは私も知ってた。」
実際、薬師博士は政府の危機的状況に関する重要な情報を隠していた。
これは太乃長官も知っていたらしく、二人はお春や千秋をあまり心配させたくないという理由で、積極的に話さなかったという。
「悪いですが、これは政府の問題であって、忍杯戦争の問題とはまた別物なのです。薬師博士の考えで、我々は初めから東軍と西軍、二つの勢力両方を西大寺衆に取り込む算段だったのです。」
「本当にそれだけか?この十津川勇蔵、まだ何か陰謀の匂いを感じるぜ。」
太乃長官と十津川勇蔵が話し合う中、渦中の人である薬師博士は四教頭達に磔にされていた。
「お前が各方面に技術を提供しまくったせいで千秋とお春殿が死んでしまったじゃねーか。」
「がああああがああああ」
「どうするんだよああ!?可愛いウチの生徒がゾンビ化してるじゃねーかああ?」
「申し訳ありませんでした!申し訳ありませんでした!」
「そもそもテメーは本当は敵なんじゃねーのか!?その辺はどうなんだコラァ」
「安心してください!私は二人の味方です!二人が死亡したと見せかけることでコンスタンティンに安全に錦城高校まで連れて行ってもらう算段だったのです!!私の技術が至らず、ゾンビ化してしまいましたが、これで二人は戦闘不能!こんな危険な戦いには参加してほしくなかったのです!」
そもそもの話。薬師博士と太乃長官の二人は千秋とお春を旅に同行させるつもりはなかったのだろう。
さらに四教頭の苛烈な拷問によって、薬師博士はさらなる真実を口にした。
「初めから!二人はあの場所で脱落してもらう予定でした。我々の目的は忍杯戦争ではなくあくまで政府のゴタゴタの解決!忍杯戦争がイルカショーと化さずとも、"古来よりつづく暗殺競技"を止めることは当初よりの規定路線でした!」
「成る程な。お前達が西大寺衆を組織し…各勢力を取り込み…死んだ忍杯に代わり、参加者達にルールを強いろうとしたのは、お前ら二人が政府の忍法組織を再編しようとしていた為か。」
つまりそういうことなのだ。
"古来よりつづく暗殺競技"。奈良時代に定められた大宝律令の闘訟律に巧みに隠された"それ"を、お春は知っていた。
何よりその暗黒律が、先の錦城高校での戦いのキーポイントだったのだから。
「ちょっと待って、薬師博士。つまり忍杯戦争が…暗黒律!?」
「ええ。そういうことなんですよ。誰も気にも止めてませんが、忍杯戦争とは南北朝時代の折、甲賀、伊賀、根来、そして陰陽師が結託して開始した、暗黒律を下敷きにした暗殺競技なのです。」
暗黒律に定められた競技のルールは現代に伝わっていない。
大宝律令自体がその全てが現代に伝わっていないのが現実である以上、そこに隠された暗黒律もまた伝わっていないことは自明の理である。
しかし、それは現代における話だ。
南北朝時代には、まだ暗黒律の全容を把握する勢力が厳然として存在していたのである。
それこそが南朝。
南朝は、忍者達を育成し、北朝の要人達を暗殺するため、忍杯戦争を企画したのである。
「我々はずっと探ってました。この忍杯戦争を通して暗黒律の全容が把握できれば、それは即ち忍者の棟梁を選出する儀式にすら影響を及ぼすことができる…!
覚えておいでですか、お春殿。甲賀も伊賀も、暗黒律の伝承を元にそれぞれの棟梁選出の儀式を考案したことを。」
「それが、薬師博士の目的だったのね。」
暗黒律とは各地に散り散りに伝わり、その一部は服部半蔵選出の儀などに流用された。
ならば、暗黒律の全容が分かれば、服部半蔵の選出の儀にすら口出しできるということであり、それは政府の忍法組織統括の再編を円滑に進めることが可能になる。
「胡姫禁中宴の祭器達…彼らこそ、政府に組み入って暗黒律を定めた当事者達であり、その全容を把握する唯一の存在です。」
「えっ!?」
驚いたお春が振り向くと、背後でトランプに興じていた宴の祭器達が興味無さげに手を振った。
「アレは我らの支配を円滑にする為にアイデア提供したまでのこと。内容など、とうに忘れてしもうたわ。」
「やっぱり、あなた方が暗黒律の考案者だったのですね。」
薬師博士は勝手に納得した。
これに怒ったのは四教頭達だ。
「どういうことだ。説明したまえ。」
「彼らは唐代に日本に渡った不老不死の西域人なのだと思います。」
薬師博士の発言に対して、宴の祭器達は頷いた。
西域とは唐代における"西"の総称である。その意味の範囲には大小あるが、主に中国から見た西側諸域を指す。
分かりやすく、"胡"とも言う。
胡とはペルシャのことである。
「しかし、何も彼ら全員がペルシャ人というわけではないでしょう。胡人とは中華から見た西域人の総称であり、彼ら"外国人"の見た目の者達が西域人を名乗れば、それは当時の唐では西域人と認識されたはずです。」
「ほう…いかにも。我らは胡姫様が世界中から搔き集めた貴重な人材。シルクロードは元より、当時唐とは交流のなかった南北からも集めた五体の忠臣よ。」
自分たちのことを理解してもらえた宴の祭器達は嬉しそうだった。
「唐の時代には胡人達が長安に暮らし、店すら営んでいたと聞きます。胡姫という方も、そういった中に潜んでいたのですか?」
「そこまで当てられるとは。中々人生も捨てたものではないなあ。」
「それで、あなた方が探されている胡姫様とは、あなた方の不老不死の力を司っている。私の推測では、あなた方は仙人でも、忍者でもない。錬金術士なのでは?」
「その通りだ。我々は胡姫様の知識によって不死手術を施された五体の忠臣。胡姫様は自らを賢者の石と化すことで、不老不死の力を具体化したのだ。」
お春は彼らの中に東ローマ人がいることからも、彼らは十四〜十五世紀に渡来してきた難民ではないかと思う時期があったが、東ローマの歴史は長く、ローマの正統後継者たる東ローマ帝国は唐代にも存在していた。
『大審院』が少し言及していたが、ベルサリウスの縁者である『大審院』はつまり六世紀頃の人物ということになる。
六世紀。大宝律令の制定が七百一年なので、少なくとも百年以上の開きがあることになる。
そもそも東ローマはササン朝ペルシャと隣り合ってはいたが、直接唐との関わりはあまりにも乏しかった筈だ。唐よりも以前の後漢ではローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスと交流があったとの説も存在するが。
「あなた達、一体いつの時代の人間なの…?」
「東へ向かう胡姫様と出会ってより千数百年。あの方の知識は豊かで、神秘的で、そして美しかった。我らは人であることを捨て、胡姫様の所有物となったのだ。」
「その胡姫様は今どこに?」
「ある時より胡姫様が長安に店を構えてより、あの方は唐の高官にまで付け入り、我儘放題。力を欲しいままに振るっておられた。そして、未だ見ぬ日本の地の調査の為に遣唐使の者達の土産品として派遣されたのだ。」
彼らがどこから来たのか。
それは未だ分からなかった。
「我らはずっと胡姫様を探している。胡姫様とは唐で別れて以来だ。秘密主義なお方だった。その足跡は途絶えたが、日本にいることは分かっている。」
「ちょっと待って。今気づいたんだけど。」
お春は話を遮った。
「忍杯戦争が暗黒律ってことは、この戦いがそのまま各忍法組織の棟梁選出に関わってるってこと!?」
「そう。北朝の西軍や東軍にとって、忍杯戦争とは服部半蔵などの棟梁を決めるための戦いなのです。」
つまり、この戦いは昨年度の不可能任務の続きだったのだ。
崩壊した甲賀組の棟梁を決める為の。
つづく
忍者館殺人事件 第二の容疑者 東山ききん☆ @higashi_yama_kikin
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