第四十一話

 勘違いされがちな事実だが、柳生十兵衛とは一個人を指すのではなく、種族名のことを言う。

 古くから柳生十兵衛という生き物達は奈落なら県北部に暮らしており、その勢力はドリームランド王国などと呼ばれた。


 ドリームランド王国。禁鉄王国、そして大和朝廷。この三つが古来大和を群雄割拠した三勢力だ。


 しかし、彼ら柳生十兵衛達は全員が生来大胆不定期、豪放磊落。反骨心の強い性格で、権力や身分の隔てを嫌った。

 彼らはいつも不敵に笑い、政治になどはとんと無関心であった。


 そんな彼らが経営するドリームランドが破綻したのも、必然なのかもしれない。

 だが、彼らは剣に関しては人間という種を遥かに上回っていた。


「つまり、我らドリームランド柳生十兵衛が人間のコンスタンティンの無敵の防御の隙を見つけるのは、容易いことだったのでござる。しかし、それでも喰い下がり我らの一体を打ち倒したのは計算外でござった。」

「じゃあ私にも柳生十兵衛の血が流れているんですかね。」


 宝蔵院お春は中々に自分が誇らしい気持ちになった。


「残念だったな。アタシの父親は普通の人間。そして母の柳生十兵衛は弱かった。柳生十兵衛の剣は人間の血が混ざり、代を隔てば普通の人間さ。」

「えっあっそうなんだ。」


 千秋の母曰く、柳生十兵衛とは剣の才能を発揮出来なければただのおっさんであり、千秋の家系は別に歴史上に名を残す柳生十兵衛三厳(江戸柳生の人)と血の繋がりがあるわけでもないのだという。

 当然、柳生十兵衛などという種族の知名度が人口に膾炙しているわけでもなく、要は一般的にはただの人間さ。


「ちくしょおおおおお結局名前負けしてるだけの剣豪の不審者じゃねえかああああ。私には不審者の血が流れていたのか!」

「そういうことだお春殿!お前の体に流れる血の四分の一は不審者の血だ!はーっはーっはっはっ!!」


 お春殿が絶望する中、千秋の母の雄叫びのような笑い声が石舞台古墳の中にこだました。


「成る程。分かりました。西大寺千晴さん。あなたはこの忍杯戦争の最中、柳生十兵衛達を使って西大寺千秋さんと宝蔵院お春殿を守っていたのですね。」

「そういうことだ。あのクソジジイが関わっている可能性がある以上、万に一つも生かしておくわけには行かねー。だから二人を餌に、西大寺冬実をおびき出そうとしたのさ。」


 西大寺千晴は二人の命はどうでも良かったのだ。

 ドリームランド柳生十兵衛達に千秋とお春殿の身を守るように命じたが、それは過保護ではなく、千秋の父親の父親、つまり祖父を見つけ出す為だった。


「お母さん。私のおじいちゃんって一体何者なの。」

「あー?冬次から何も聞いてねえのか?聞く暇が無かったのか。死んでるもんな。たっはっは!」


 明るっ

 お春は心の中で突っ込んだ。だが、それを口にしてはさらに明るい言葉が飛び出そうで、性格の暗いお春は黙ることにした。


「あのジジイはなあ。独善家で独裁者で、そのくせ自分を誇張して見せようとするタイプの奴だった。アタシの一番嫌いな小物さ。

 しかし奴は、妙な連中を引き寄せる才能みたいなのがあった。アタシと冬彦を引き合わせたのも奴さ。」

「えっあっそうなんだ。」


 要するに、お見合いというやつだ。お春は納得した。

 悪魔みたいな母のどこを、一体父は愛したのか。いや、父も十分に変人なのだが。

 その答えは、祖父が柳生十兵衛との繋がりを欲してのことだったのだ。


「アタシが初めて冬彦に会わせられたのは二十九年前…アイツが15歳。アタシが13歳の時だった。アタシは当時地元の中華料理店でバイトをしていてな…それでアタシは、賄いで炒飯を食べ放題だったんだ。」

「えっあっそうなんだ。だからお母さん、炒飯だけはマトモな味なんだね。」


 お春は炒飯のことではなく祖父のことを聞きたかった。


「アイツはあの日、冬実の野郎と一緒にいてな…まあ、お見合いなんだから当然なんだが。アタシはそれが気に食わなくてな。アイツ言ってやったのさ。一対一で戦おうぜ。ってな。」

「母さん、それってもしかしてお見合いじゃなくて許嫁ってやつじゃないの。」


「成る程な…初めて分かったぜ。通りで今まで妙な違和感があったのか。しかし、アイツは弱くてな…山中で殴り飛ばして、放置したら、翌日失踪したよ。それが初めての失踪経験だったらしい。」

「それってお母さんが女性だから手出し出来なかったんだよ。」


「ああ、殴り放題だったよ。」

「あの、ノロケ話は良いのでさっさと西大寺さんの祖父についての話を。」


 磔にされた薬師博士によるナイスアシストで、話の軌道はなんとか元に戻った。修正されたのだ。


「ああ、西大寺冬実。初めて会った時、奴は旅行会社を経営していた。もぐりのな。法に規制されていない、未登録の奴だ。」

「やっぱり全然マトモな人じゃ無かったんだ。」


「アタシはそういうのに縁が無かったんだけどね。当時はクイズ番組や雑誌の懸賞とかで当選したら旅行券をプレゼント、みたいな懸賞型旅行ってのが流行っててな。奴の会社は人員を雇って、日本中の懸賞型旅行を独占したのさ。」

「えっあっそうなんだ。やっぱりマトモな人間じゃないね。」


 千秋の祖父の会社は人を雇ってクイズ番組に出場させたり、雑誌の懸賞に応募させたり、町内会のガラガラに挑戦させたりして、日本中の旅行券を掻き集めていたのだという。


「これはどこもちっとも違法じゃない。海外旅行に行きたいが、金が無くて行けない人間に旅行プランとともに旅行券をプレゼントするんだ。通常よりも安い価格でな。この商売で奴はのし上がっていった。」

「うん。アホだね。」


「しかし、私が初めて会った時点で、その商売も上手くは行ってなかったらしい。どうもその時期と前後する形で、奴は自宅の豪邸を売り払っている。」

「うん。まあ、実入りは安定しないだろうね。」


「奴が柳生十兵衛に近づいたのは…その独自の地域ネットワーク欲しさだ。事実、その頃から奴の商売はその頃から妙な集団お抱えのパッケージツアーばかりきかくするようになる。まあ….その妙な集団というのはアタシらの身内なわけだが。」

「柳生十兵衛達の…全国行脚を企画してた!?」


 これはどういうことだろうか。

 ただのもぐりの旅行代理店が、柳生十兵衛達と手を組んだ。

 柳生十兵衛とは全国行脚するものだが、そう考えれば、むしろ千秋の祖父の方が柳生十兵衛達の運び屋として利用されていたと考えるのが筋だろう。


「その辺りの時系列はアタシも全部把握してるわけじゃねーんだが。柳生十兵衛達と提携する時期と、以前の懸賞型旅行独占体制の間に、一度事業を閉鎖したようだ。その辺りのことはアイツもとんと喋りたがらねー。冬実は冬次の野郎を使って私塾もやってたみたいだが。どうやら辛い時期だったみたいだな。」

「冬次叔父さんが…?おじいちゃんと…?」


 当時、父は15歳。おじさんは父より一つ年下なので、14歳の筈だ。

 色々苦労させられたと冬次おじさんは言っていたが、まさか祖父が会社を潰した負債を、当時まだ中学生だった冬次叔父さんに塾講師をさせることで返済しようとしたのだろうか。


「奴は兄弟の中でも特に厳しく育てられたみたいだ。中でも学業をな。ハナから旧帝大を受験させ、大企業に就職させる為だけに育てていたらしい。ただの博打実業家もどきがだぞ?そりゃお前、辛かったろうな。」

「叔父さん…だからあんなに真面目な性格なんだ。なのに私のせいで…」


「アタシは冬次の野郎が嫌いだが…共通する点があるとしたら、アイツのチャランポランさに救われたということだ。どこも何一つ真面目にやる必要はねえんだってな。よく分からないけど失踪しても良いんだ。」

「うん…お母さんは兎も角、叔父さんにはお父さんのフワフワした感じは救いになったろうね。」


 千秋は叔父さんが千秋の父に感じているという恩義について、今一つ実感が無かったのだが、少し納得した。

 要するに叔父さんは真面目なのだ。


「まあ、一度畳んだ会社の負債をなんとかする必要があったんだろう。それで冬実はどこで見つけたのか、柳生十兵衛達との繋がりを持った。そして、奴らの為だけに働く存在になったのさ。」

「そうなんだ。それで、お母さんとお父さんをくっ付けようとしたんだね。」


「ああ、その商売は結構長く続いてな…8、9年は続いたか。だが、ある時一悶着あってな。」

「うん。それで?」


 知らない親戚の話を聞くのは楽しいものだ。それが近しい人間であるほど楽しい。

 いつの間にか千秋は、母の話に夢中になっていた。


「まあアイツは柳生十兵衛達に旅行プランを提供する傍ら、裏では各方面に情報を売り買いしていたみたいでな。そのバチが当たったのか。ある日、奴が企画したパッケージツアーの旅行者リストに乗っていた人間が、全員死んだはずの人間達だったんだ。」

「えっそれはどういう」


「知らねーよ。揉み消されたからな。兎に角、会社の管理する旅行者リストの人間がとっくの昔に全員死んでたんだ。マトモな会社じゃねーってことが内外に露呈しちまったワケ。」

「そ、それで?」


「それで、奴は雲隠れしちまった。それから3年後、生まれたのがお前さ。」

「失踪って…」


 千秋の祖父は何に関わっていたのか。

 そして、千秋の誕生から一年遅れて生まれたのが、従兄弟の真冬になる。


「まあそれが、アタシが知ってる奴の失踪の全てさ。ロクでもねー野郎だよ。奴が雲隠れしてから3年間、アイツがどれだけ苦労したと思ってやがる。」

「ああ…成る程ね。色々苦労したんだね。」


「ところでよぉーお春殿。アタシの可愛いもう一人の娘はどうした?千秋の奴は。また失踪でもしたのか?」

「いやあの…実は…はい。」


 お春殿は、コンスタンティン戦から千秋と連絡が取れなくなったことを説明した。


「マジ超心配なんですけど…どこ行ったか知らないよね?」

「なんでアタシが知ってんだよ。しかしまあ、千秋もアイツの血をしっかり引いてんな。それにしても、だ。千秋とお春は仲が良くていいな。」

「えっそんなに良いかな。私としては自分のダメな一面ばかり見せられてるみたいな気分になるんだけど。」


「殺し合わねーだけマシだろ。何気持ち悪い言ってんだお前。」

「千晴さんの家は狂気の十四人姉妹でしてね。全員が全員仲が悪かったんですよ。」


 千秋が困っていると、ドリームランド柳生十兵衛の人が解説をしてくれた。


「姉たちの話はしないでくれ。吐き気がする。」

「あっすみませんでした。」


 詳しくは聞けなかった。

 しかし、兄弟姉妹とは。つい一年前まで一人っ子だったお春にはついていけない話である。

 兄弟…姉妹…か。


「ところでお母さん。どうしても言わなきゃならないことがあるんだけど。」

「あー?なんだよ。」


「私と千秋のせいで、叔父さんを殺人犯にしちゃったの。」

「あー、なんだ、その。そういう旅だ。そういうこともあるだろ。」


 お春は此の期に及んで。自らが死ぬに及んで。

 叔父さんが報いを受けてしまわないかが、心配だったのである。


「最近は叔父さんも言葉数少なくしたり、ふざけたことを言ったりして誤魔化してるんだけど。私たちを庇ったせいで、殺人犯になってしまったの。そのバチがいつか当たらないかと、敵の忍者がそういうことをいうから。」

「あー。良いか、バカ。聞け!」


 千晴はお春殿をシバいて向き直った。

 お春殿は内心、母からどんな言葉が出るのか楽しみだった。


「アタシの家は十四人姉妹でな。相当に仲が悪く、いわゆる骨肉という奴だ。その関係は今でも続いてる。」

「えっいきなりどういう」


 その話はしたくなかったんじゃないのか。


「アタシは十四人姉妹の下から二番目。だが、唯一妹とだけは(比較的)仲が良くてな。まあ二十年近く連絡取ってねーんだが。だからお前ら姉妹を見ていて羨ましいと思うよ。」

「だからどういう」


「だから、バカ、聞け!アタシがこいつら柳生十兵衛達に頭を下げてまでお前ら二人を、それも死を賭して守らせたのは。お前ら二人を見ていて羨ましいと思ったからだ。それはこいつら柳生十兵衛達も同じ気持ちで、お前ら姉妹を羨ましいと思ってる筈だ。なあ?」

「えっあっはっはい。そうですね。」


 突然話を振られたドリームランド柳生十兵衛の人は微妙そうな表情で答えた。

 そう。叔父さんだけではない。既にドリームランド柳生十兵衛の一人を含め、大勢の人間が二人のために死んでいるのだ。


 その意味では芒手のぎす血樽子ちだることて変わらないだろう。


「ああ、面倒くせえ。だからお前らを守りたいと思うのは、冬次の野郎も同じだろう。奴がどんだイケ好かねー野郎でもだ。アイツには、一つ上のきょうだいがもう一人"いた"らしくてな。だが、幼い頃に死んじまったらしい。だからアタシはそいつとは面識がねー。」

「えっ…そうなんだ。」


 お春は衝撃を受けた。

 確か叔父さんは言っていたか。二人の兄がいたと。

 そう、三人兄弟だったのか。


「こんなこと大人として絶対言うべきではないが!お前ら二人を、奴は自分のきょうだいに重ねてる部分があるに違いない。だから、奴にとって自分の家族を守れたことは、自分の為でもあるんだ。自己満足!エゴイストなんだよ!奴は。だからお前も自己満足して、たまには自由に生きろ。」

「お母さん…!」


 自分が納得しようとするまいと、納得せざるを得ない環境なのだ。お春は悟った。


「まあなんだ、今はまだそういうことなんだ。あと、アタシの妹は宝蔵院一夜って言ってな。マジで今度合わせてやるよ。」

「ねえお母さん…一つ聞いて良い?」


「あ?なんだよ。面倒くせえことはもう無しだぞ。」

「お母さんがお父さんのこと冬彦って言わずにアイツって呼ぶの、それって照れ隠し?」


「話は終わりだ。これより処刑を開始する。」

「あっ待ってごめんなさい!もう生意気言いません。許してお母さん!ああああーーっ!」

つづく




☆【大和編】忍杯戦争関係者一覧☆


○西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・根来衆

愚蘭坊グランぼう

乳出ちちで御児兵衛おごべえ


・伊賀組


・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい

(のこり四名)


・ドリームランド公国

(のこり二名)


・裏正倉院


・和歌病県警刀狩署無刀課刀係

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

ニャース

川上黄爺こうや


・シャンヤーハイアン

×織衛不要人

山田金烏

×西堂尾汽笛

ヨハン・ソン(尊孫王)

ジェット・ポー(尊武王)



○忍法西軍

謎のスケスケ忍者

×コンスタンティン・龍(尊龍王)

×シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)


・神兵衛南郎組傘下有門組

×壺阪鬼勝

×前裁金之助

×二階堂三四郎



○忍法東軍

・南郎組傘下忍道会

鬼子母妖子

岡寺マリオ

犬飼万葉


・南郎組傘下鶴詠会

平端華文

畿央いそみ

天理雲中丸




忍杯戦争参加者一覧

×外道げどう 一群斎いちぐんさい

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

濃尾のうび透助ノ介すけすけのすけ

本堂ほんどう兵庫ひょうご

×織衛おりえ不要人いらすと

未知判丸みちわかまる

×芒手のぎす血樽子ちだるこ

猿紅葉えてもみじ母宗ははむね

ゆき初蓮それん鎌槌かまつち

諸兄もろえ盤也たらいや

海蛍うみほたる

福雷ふくらい茶釜ちゃがま

すわり

別業なりどころ胡瓶こへい

     以上十四名

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