8.桜色の思い出(終)

「それで狂った桜はこの時期に咲くようになった」

「待ってください。じゃあアオは桜の木が奥さんって知らないんですか?」

「いや、それは知ってるよ。でも自分に嫁さんがいたことの記憶が全部ないんだ」

「なんでそんなこと……」


 だってそんなの残酷すぎる。

 愛した奥さんとの記憶が全くないだなんて。


 私の不満が顔に出ていたのか、クロは小倉サンドを頬張りながらゴザの上を移動し、私のすぐ傍まで近づいた。


「不満か?」

「不満です」

「でも桜の木は、この時期だけはアオに逢える。アオは嫁さんがいた頃の記憶はなくなったけど、想い出を語って貰える。それで沢山話したあと、桜が枯れる時期に、お互いに「また来年」って別れるんだ」


 また来年。来年会いましょう。


 知らない思い出話のためにアオは冬眠から目覚めて、アオの奥さんだった桜は、それを語るために咲き誇る。


「アオはすぐに桜の狂い咲きを見て、自分を待ってたんだと理解したよ。それが誰かはわからなくても」

「今は?」

「あいつ蛇だからか柔軟性があるんだよなー。蛇としての嫁さんと、今度は桜として結婚するんだって張り切ってる。まぁ神格は持ったままだろうから、あと千年ぐらいしたら叶うんじゃねぇの?」


 途方もない数字をサラリと口にするクロに、私は少し眩暈を覚えた。

 神様にとっては大したことがない数字なのだろうか。


「桜と結婚するんですか」

「花の神様なんて沢山いるからな。おかしくはねぇよ」


 そこにアオが戻ってきて、花ゴザの上に腰を下ろした。


「喜んでくれたよ」

「それはよかったです」

「アオ、いい加減に酒の量上げろよ。こんなんじゃいつまで経っても減らねぇよ」

「はいはい。シロネコに叱られても知らないよ」

「いいんだよ。どうせ旅行中だし」


 アオは私に目くばせすると、小声で囁いた。


「どうせ酔いつぶれちゃうだろうから、此処に置いていっていいよ」

「はーい」

「クロネコなら、嫁も許してくれるしね」


 弦巻神社の桜は呪われている。

 でもそれは愛の呪いと言えるかもしれない。


END

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神社には今日も呪詛神様がいる 淡島かりす @karisu_A

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