7.呪詛神と櫻の願い

 痛いほどに泣き叫ぶ桜の声を、クロは聞いていた。

 谷底を走り抜ける悲鳴ににたそれは、恐らく人間が聞いたとしても風の音としか思わないだろう。

 誰にも聞かれないはずだったものを耳にした以上、クロは放っておくわけにはいかなかった。


「私はあの人に会いたい。会いたい。逢いたい」

「……そんなに会いたいのか?」

「逢えぬならいっそ、殺して欲しい。お願い、私を呪い殺して」


 静かな春の夜だった。

 クロは咽び泣く桜の木を見上げて、言った。


「それは無理だ。あんたは死にたい気分なだけで、本当に死にたいわけじゃない。強い想いがなきゃ、呪うことなんて出来ない」

「殺してちょうだい。もう狂ってしまいそうなの」

「……狂う」


 嗚呼、とクロは短い溜息をついた。


「あんたを狂わせることは出来るよ。桜であるあんたを狂わせてしまう呪いなら、ちょっとした対価で済む」

「対価?」


 桜の木の肌に手を添えて、クロは優しく言った。


「アオからあんたの記憶が消えるだけさ」

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