異世界平和のためならば_2


 市長さんの家にもどってきて、ルイスに涙が出てきた理由を言ったらあきれられた。

 私がいるせいで、仲違いしてしまったんじゃない?

「俺たちの仲は元から悪いから気にするな」

 兄弟仲をくだなんて私なら絶対にされたくないことだ。

 私は部屋のソファの前にうずくまり、座面に突っして泣いていた。最近弟妹成分が不足しがちだった私にはげきが強すぎたのだ。そんな私の横にルイスは仕方なくついている。

「ルイス様、そろそろおわかりになっていただけたのではないですか? 人間の女を傍に置くことは、ルイス様にとって不利益でしかないと」

 部屋のすみでずっとだんまりを決め込んでいたヨアヒムさんが重々しく切り出した。

「ご決断を、ルイス様。お任せいただければ……彼女は、しようがい、俺が目をかけ世話をいたします。たとえ心根が善良であろうとも、やはりルイス様のおそばに、人間はふさわしくありません」

「……何がふさわしいかは俺が決める」

「ルイス様!」

 ヨアヒムさんがさけぶけれど、ルイスはひと睨みでだまらせた。それでもあきらめきれない様子で、ヨアヒムさんはルイスをすがるように見つめる。

 そんな二人に、デトレフさんはしようして言った。

「私はルイス様の強大なお力をしんぽうしております。それゆえに人間を傍に置くのは意外でしたが、悪いことではないと思っています」

「デトレフ、あんた!」

「ヨアヒム殿どのはかない命をいつくしむことは、決して悪いことではないと思いませんか? この世は決して強大な者ばかりではないのですから」

 デトレフさんはそう言って私ににこりと笑ってくれた。そしてルイスを微笑ほほえましそうに見た。まるで子供の情操教育のために子犬を買いあたえる親みたいなことを言われた気がする。

「だとしても、こいびとを名乗らせるなどやりすぎです! りゆうの町シュテルーンに戻ればすぐに領地会議なのですよ! 人間を傍に置くなどシュテルーンの名を背負う者にふさわしくないと、必ずこの点をいてくる者がいるでしょう。ルイス様の進退にかかわります!」

 ヨアヒムさんはなつとくがいかないとばかりに声をあららげる。

 どうしよう、と思ってルイスを見上げたら、頭をぎゅっぎゅっと押された。頭皮と首が痛い。

「ルイス様、でるのであればもう少しやさしくしてやらねばなりませんよ」

 デトレフさんが不器用に子犬を撫でる子供をたしなめるようにやんわり言う。

 本当に撫でているつもりだったみたいで、ルイスは少しだけ押す力を弱めたけれど、私はうつむいたまま顔をあげることができなかった。

「……これに触れるのは、力加減が難しい」

 はあ、とためいきいてルイスは手を引いた。ヨアヒムさんは「めんどうでしたら俺が処理致しますよ」とにっこりした。

「どうせ、シュテルーンに人間を連れて入ることはできません」

「いや、ヨアヒム殿。しんせいをすればたとえ人間であっても町に入れることはできますよね?」

 デトレフさんのてきにヨアヒムさんは「それだとれきが残るだろ?」といやそうな顔をした。

「ルイス様の経歴に傷ができてたまるか。ルイス様もこれ以上のおたわむれはよしてください。片時もはなれたくないお気持ちはわかりましたが、会議場に連れていくことはどうあっても不可能なのですから。……今すぐにとは申しませんが、会議までにおひとりで過ごす時間に慣れる意味でも、どうぞその人間を俺なりデトレフなりに預ける練習をしてください」

「あの、ルイス。その会議ってどれぐらいの期間……?」

「一日で終わることもあれば、一週間ほどかかることもある」

 私の質問に、ルイスはたんたんと答えた。

「一日どころか、たとえ半日でも離れるのはごめんだ」

 私の手を握ってまるで愛の言葉をささやくみたいにルイスは言う。これは絶対に町の中に連れていかれることになるだろう。心配するヨアヒムさんには悪いけれど、私も離れられないとばかりにひしっとルイスにしがみつく。

 うう、視線がこわい……!

 私だって離れていられるのであればそうしたいけれど、ルイスのために傍にいるんだよ!

「会議には連れていけないか?」

「ええ、ルイス様。会議場のある竜のとうに入れるのは、会議の参加者とその家族、また彼らに付き従うゆいしよ正しいいえがらの側近だけです」

「……そうであった、な」

 ヨアヒムさんの朗々とした回答に、ルイスがぐぐぐ、とけんしわを寄せる。のうに満ちた表情だった。とりあえずわからないところをこそっとたずねてみる。

「竜の塔、っていうのは?」

「選ばれし竜族しか入れない、塔のことだ。中にはさまざまな行政機関が入っている。宿しゆくはく施設もあり、会議の出席者はここでまりすることになる。会議が一度始まると外部からのかんしようを防ぐためにも、外には、出ない」

 それがどういうことかわかるな、って目でルイスに見られた。

 つまり、私を竜の塔の中に連れていかないと、じゆうでんすることができないっていうことだ。竜族しか入れない竜の町シュテルーンに入って、その中にある選ばれた竜族しか入れない竜の塔にも入らなくちゃいけない。方法のさくも、私には完全にお手上げだ。

 もし、竜気を使う機会がなければ、しようもうが少ないから充電できなくてもだいじようかもしれない……と思ったけれど、ルイスは私に竜の塔という場所について説明する体で言った。

「会議場には、竜の姿になって入るのがしきたりだ」

「うわ、そうなんだ……人の姿じゃなの?」

「駄目だ」

 ……何かそれらしい理由をつけて断れないんだろうか。

「ルイス様? まさかとは思うのですが……」

 ヨアヒムさんが青ざめた顔をしている。

 ルイスが竜に変化するじようきようになったらまずい、みたいに聞こえたかな? 続くデトレフさんの言葉で、全然ちがかいしやくをされたことがわかった。

「まさかルイス様、エミ様を会議場に連れていかれるおつもりですか?」

 まどいがちにかけられた言葉に、ルイスはうなるようにして答えた。

「ああそうだ。必ず連れていく」

 本当はものすごく嫌だけれどそうするしかない、仕方がないっていう顔だ。

 恋人のことを考えてるのにそんな顔をする人がいる? 私がじとっという目で見てやると、ルイスはいやみなぐらいにっこりとれいに笑って言った。

「俺はエミを愛している……エミと離れることなどどうしても考えられないのだ」

 このっ、作り笑いだいじんめ!

 本気じゃないってわかっているのにドキッとさせられる。たちの悪い美形である!

「……か弱い人間のむすめのために、あなたは王座を諦めるのですか?」

 デトレフさんが、ぽかん、としか言いようのない顔をして言った。

 デトレフさんは私とルイスの仲をおうえんしているように見えたけど、それでも私をか弱い人間の小娘って、小ばかにした言い方をするんだね……。

「竜王の座を諦めはしないし、シュテルーン領主の地位をゆずるつもりもない」

 ルイスはきっぱりと言い放った。

「エミのことが俺にとって不利に働くことはわかっている。だが、エミを連れていくのは決定こうだ。俺の側近たるおまえたちがするべきことは、今やもうかんげんの段階にはない。俺がどうすればエミを連れて会議の場にのぞめるか、それを考えよ」

 今できることをやるしかない、というわけだ。

 ルイスが意味ありげに目配せしてくる。私はわかってるという意味を込めてうなずいた。

 犯人は、ルイスから力をうばったと思っている。だから、ルイスが必ず竜の姿になる必要がある領地会議があるのなら、自分のたくらみが成功したか、様子を見に来るに違いない。

 そこで手がかりをつかみ、なんとしてでも犯人をつかまえて、私が元の世界に戻る方法を見つけなくちゃならない。

 意気込んでこぶしにぎる私の横で、再び厳しい顔つきになったルイスは「ではおまえたちに問おう」と言った。

「俺の妻にする以外で、領地会議の場にエミを連れていく方法はあるか?」

「え」

 私のけな声に続くように、ヨアヒムさんがぜつきようした。

 ものすごく嫌そうな絶望のさけび声だった……ひどすぎる。

「ひどくないですかヨアヒムさん! 言っとくけど私、結構いい奥さんになると思いますよ!? 料理は上手うまいし! そうせんたくなんて手慣れたものだし!!」

「おまえが今言った仕事はし使いがやることだ! そんなことに手慣れている女がルイス様の傍で恋人気取りでいることすら腹立たしいというのに……!」

「ヨアヒム、俺は建設的な意見が聞きたい」


 ルイスは頭痛をこらえた顔で言った。

 間接的にプロポーズをしてきた人のする顔だろうか。バレたくないのなら、ルイスこそもっとがんって演技をするべきだと思う。

 ルイスは、私を家族わくで連れていこうとしているんだろう。

 ドキドキしてる私が変なのかもしれないけれど、きっと犯人から見て私ははくしんの演技をしているように見えるだろうね!

「ルイス様ァ……! どうか、どうかお考え直しください……!」

 ヨアヒムさんがこんがんするようににじり寄ったけれど、ルイスは身を引きながら続けた。

「後はようえんぐみか……だが人間をこうけいになんぞえたら義母上がげきするな。ちがいなく俺は領主の座から引きずり下ろされる。これはなしだ」

「妻でも変わりませんよ、ルイス様ッ!」

「どちらがましかという話だ。せんたくがあるのであれば提言せよ」

「うぎぃぃいい……!」

 ヨアヒムさんが頭をかかえてひどうめき声をあげている。ものすごく考えているのか白かった顔が赤くなってきた。熱でも出してたおれそうだ。

「ルイス様、ご提案なのですが」

「なんだ? デトレフ」

「ルイス様の姉君、エミーリア様はいつも、いいなずけをお連れになっています」

 なんと、ルイスにはお姉ちゃんもいるらしい。

 親近感を覚えてルイスを見たけれど、その顔にはしたわしさのかけらもかんでいなかった。

「姉上か。そういえば、毎度連れてくる許嫁が変わっているな」

「ええ、許嫁でしたら家族の一員として連れていく前例がありますし、その段階であればもありうると周囲に思わせることができます。ルイス様の望みをかなえることができますし、ある程度はヨアヒム殿どのねんについても対応可能かと」

「人間の許嫁を連れてりゆうぞく会議に出席だなんて! ぜんだいもんです!! お父上様がお聞きになったらどのように思われるとお考えで!? シュテルーン領主の座をルイス様に譲ったとはいえ、そのえいきよう力はいまだ絶大なのですよ!」

「何も思わないのではないか?」

 ヨアヒムさんの叫ぶような問いにルイスはかたくなな声で答えた。

「俺がふぬけたのではないかと考えるかもしれんが、何にせよ父上は実力重視だ。力さえ示せば────俺のじやはしないだろう」

 逆に言うと、力を示せなければ、困ったことになるんだ。

 私はルイスの手を摑んだ。あなたの力はここにあるって伝えたかった。ルイスは、ヨアヒムさんとデトレフさんの方をえながらも私の手を握り返した。

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