プロローグ
<プロローグ>
「夕飯は七時ぐらいにはできてるんだから、それまでには帰ってきなさいよ」
私の言葉に、弟は目を
元気にうんと返事してくれた一年前が
中学に入ったら急に
弟と
私は料理が好きなわけではないけれど、腹ペコで帰ってくるだろう二人のために何ができるのかを考えるのは楽しい。
今日はカレーだ。カレーのルーは具材と
両親はいつも通り仕事で海外を飛び回っていてしばらく帰ってこない。二人はちゃんとご飯を食べているだろうか。
「……少しだけ
アラームを設定して、リビングの
アラームの音じゃなくて、シャワーの音で目が覚めた。いつの間にか妹が帰ってきていたらしい。私の
「ふふ……それはよかった」
こうしてメッセージをくれる妹が
メモ紙の
宝石のように
「味がしない……?」
けれど、まずいわけでもない。
不思議と温かいその飴が、舌の上で
──世界が、変わった。
「んんんん!?」
私を包む空気が水に変わったかのような感覚に、思わず飴を飲み込んだ。
バシャン、という水音がした。
「森。……それに、光る水たまり?」
夢か、と思ったけれど、水が冷たい。
ぐっしょりと濡れた制服を
水たまりから足を抜いた瞬間、ふわっと
「ひゃっ!?」
綿毛の温かくも冷たくもない不思議な
私がいるのは深さ一・五メートルぐらいの穴の中で、その周りは針葉樹の森になっているみたいだった。
空は夕焼け色だった。どうして私はもうすぐ夜になりそうな森にいるんだろう?
ふと、早くも
「えっ、どうして……なんでっ!?」
水たまりに手を突っ込んだら、
どくどくと鳴る心臓を押さえ、立ち位置に注意して、もう一度水面が
視点としては、テレビと向き合っているソファの背もたれの上ぐらいから、カウンターキッチンを見ているような感じだ。机の上には妹からのメモが置いてある。
私は息を
けれど、数分
「あっ……時計の針、動いてない……!」
カウンターの上の
時計がいきなり
それとも、あちらの時間が動いていない……?
「おい、そこにいるのは
混乱して
「た、助けてください!」
そういえば、穴の中から出ることができなかったんだった。
声のした方へ
赤みがかった
その
そういえば、似た色の飴を飲み込んだことを思い出して、思わず喉に手を当てた。
「人間、か?」
私が
私を見下ろす青年の顔立ちが綺麗すぎて、もうこれが夢だと確信した。
彼が首を傾げると、
「早く目を覚ませばカレーができる前に買いに行ける……!」
「何を言っている? ──おまえ、俺の瞳に似た色の石を見なかったか?」
「石?」
「この辺りに、落ちたはずだ。知らないならば……おまえに用はないんだが」
彼は低い声で言うと、顔を
「これぐらいの赤い飴のことなら──」
私が言いさした時、男の人が
彼は黒い
「シッ! 静かにしろ」
青年が素早く命じた次の瞬間、私たちの頭上の開けた空の上を、
「んんっ!?」
「俺を
青年は
『ルイス様ぁー! どちらにいらっしゃるのですかぁー!』
不思議に
「ルイス様ぁー、って竜がしゃべった!」
「竜形態の者の言葉がわかるということは、おまえは〝
「りゅうしずめ?」
耳慣れない言葉を
「……それより、先ほど赤い飴と口にしていたか」
「うん。さっき、飲み込んじゃって」
「はあ!?」
「あれ、妹がくれた飴じゃなかったのかな……?」
でも手紙に
「飲んだ!?
「たぶんもう
「溶ける!? ああそうか……〝竜鎮め〟の人間め! 俺の力を取り込んでどうするつもりだ!?」
青年は青ざめた顔で
「あの、あなたの
「……おまえの口を塞いだ時、
睨むような目つきで見られ、思わず
「腹を
「そろそろ夕飯の
「これが夢ならば、俺だとて目を覚ましたい」
綺麗な顔がすごく近くにあることを今やっと実感して、ぎょっとした。しかも、その
急速に
背筋に、ひやりとしたものが走った気がした。
竜にルイスと呼ばれていた青年に穴の中から引っ張り出され、
森の奥なのか手前なのか、土を
人が乗れそうな箱を背負うのは馬というか、地面から少し
「さっさと乗れ。人間といるところなど誰にも見られたくはない」
押し込むように箱の中に乗らされた私は、
「ほっぺ痛い……夢じゃない?」
夢じゃないとしたら、ここはどこだろうか。
日本語は通じているけれど、日本ではないと思う。何しろ日本には竜なんて存在しない。そもそも、世界のどこを探しても、存在しない気がする……。
ルイスが
「おまえはどこの村の者だ?」
「へ、村?」
「おまえが洗礼を受けた町の名前を言え」
「せんれい」
意味がわからず言われた言葉を繰り返す私に、ルイスはイライラした様子で
「
「あの、私はこれを夢だと思っていたんだけれど……もし夢じゃないのなら、ここは私にとって異世界ということになるのかな」
異世界トリップしてなんたらかんたら……弟がそんな小説をたくさん持っていた気がする。
どうして借りておかなかったんだろう。こんなことになるなら絶対に読んでおいた方がよかったに
「……どういうことだ?」
ルイスの問いかけに私はここに来るまでにあったことを順番に話した。
夕飯の準備をしていて、うたたねして、妹がシャワーを浴びる音で起きて……手紙と、置いてあった赤い飴に見えた、石のこと。この世界と私の世界の違いを説明しきれたとは思えないけれど、空を飛ぶしゃべる竜がいないのは確かだ。ルイスは意外にも私の言葉をあっさり信じた。
「俺から
「信じてくれるの?」
「元より、竜脈は異界に通じると言われている」
彼の言う竜脈というのは、気づいたら私が
「竜の
「どうしたら帰れると思う?」
ここは異世界で、なぜか私はここにいる。
なら帰らなくちゃいけない。けれど来た方法もわからないのに、帰る方法なんてわかるものだろうか? 不安に思い見つめていると、彼は
「水面に、奇妙な像が映っていたな。あれがおまえの世界ならば
帰れると聞いて、心の底からホッとした。
「それにしても、どうしてそんな大事な力? を落としたりしちゃったの?」
先ほど彼は、私が死んだら
そんな大事なものはしまっておくに限るのに。
ルイスは嫌そうな顔をして言った。
「……何者かに薬を盛られたらしい。俺の身体から強制的に竜族の力を
「竜族の力……」
「
「竜になる力!?」
「そうだ。俺は竜になる力を持つ
赤い目の人間
やっぱりこれは夢なんじゃないだろうか? 私がぽかんとしている内に、彼は話を続けた。
「
犯人はわからないという。
心当たりがないというわけじゃなくて、ありすぎるということらしい。
「他人から強制的に力を奪う薬など禁制品だ」
じっと
「だが、おまえの身体から力を抜くにはその薬を手に入れるしかない。大々的に薬を探すこともできない。なぜならそれは、俺の弱体化を
「それじゃ、どうしたらいいの……?」
「確実に薬を持っている、あるいは薬の入手筋を知る者が一人いる。
「あ。……犯人、かな」
「ああ、そうだ」
ルイスは険しい顔つきで
「俺の弱体化を誰にも知られぬよう立ち回り、犯人を見つけ、薬を手に入れおまえの身体から力を抜き、取り戻す。それが俺とおまえに残された唯一の道だ」
「唯一の……?」
頭がぐるぐるしてきた。推理は全然得意じゃないのだ。ミステリードラマで犯人の予想が合っていたためしがない。妹は演出の仕方を見ただけで犯人がわかるらしいけれど。
私が飲んだ飴はルイスの力? で、私の身体の中から力を取り出すには入手が困難な薬が必要で、犯人がそれを持ってそうだから、
「すぐに帰りたいけど、無理ってことだよね……」
窓の外はどんどん暗くなっている。カレーのお
希望は、水面に映る家のリビングの時計の秒針が止まっていたこと。
あちらの進む時間が止まっているなら、二人を心配させずに元の世界に戻れるかもしれない。
「早く、犯人を捜さなくちゃ!!」
「利害は
もちろん、私は犯人を捜すために全力で当たる!
「私は
隣に座るルイスにバッと
なら仕方ないなと思って前を向いて座ること数分、そっぽを向いた隣の人から声が聞こえた。
「……俺の名はルイス・シュテルーン」
その態度は
お姉ちゃんしたくなる
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