偽りの恋人_3
「うう、首がもげる……」
「ロロロ!?」
私の言葉に驚いたようで、タツノオトシゴ(仮)が尻尾を離してくれた。言葉がわかるのかな。
でも、これで逃げられる。
そう思った直後、タツノオトシゴ(仮)の尻尾がぐるりと私の
「は、離して?」
「ロ」
「ひっく……ルイス……」
何もできなかった……と泣いていたら「こちらです!」と
何事だろうと顔をあげると、
傍に立った彼は心配そうな顔をして、尻尾に締め上げられた私を見上げた。
「ご無事……ではなさそうですね。おいおまえ、この方を下ろしなさい」
タツノオトシゴ(仮)は私をそっと地面に下ろしてくれた。お腹の締めつけがなくなり、私は思わず
「けほっ……あの、あなたは一体?」
「私はデトレフ・ウラスと申します。ルイス様の側近の者です」
ボロッとなった私の身なりを整え、デトレフさんは
「この
デトレフさんが道の真ん中で私に頭を下げると、周囲がザワッとした。
「あいつ、竜族だよな!? 竜族が人間に頭を下げた……!?」
「いや、あの
力強い足取りで、けれど血の気を失った顔をして歩いてきたのは、ルイスだった。
「ルイス!
「大丈夫? 俺が? ……俺の方は何もない。それより、おまえ」
駆け寄った私の腕を
「
ルイスが私の
「──おまえを信じたのは
ルイスの赤い目がギョロリと動いて背後を
ルイスの後についていたヨアヒムさんは
「俺の大切なものを命をかけて守る、などと──よくも言えたものだな」
ルイスの腕が私の
空が、暗くなっていった。まるでルイスの
空気が冷えて、空から
急激に寒くなった。ルイスの表情も
ヨアヒムさんは
「言い訳のしようもございません」
「弱く小さな
「……
責任と命という重い単語が飛び出したから、ぽかんとしていた私も我に返った。
「あ、あの、ルイス! ヨアヒムさんは、一応、ルイスのためを思ってて」
「俺のためにおまえと引き離したというのだろう?
私の肩を
ルイスの目が
竜族の人たちは、
「俺のためだと? 俺の命令に
「る、ルイス……」
私の肩を摑む力が、どんどん強くなる。痛くなってきたから声をかけたけれど、ルイスはヨアヒムさんを
「今すぐにここで命を絶て。そうすれば家ごと
「家のことはどうか、お許しを! ご命令の通りに
「待って! ちょっと待って、ルイス!!」
目の前で起こりそうになった何かが
「ルイス、駄目。やめて、お願い」
「……なぜ? 害されたのはおまえだろうに」
ルイスは心底不思議そうに言うと、触れていた私の手を
私はかなり本気で、震える声で
「顔見知りの人が死んだりしたら……びっくりして心臓が、止まっちゃう」
「──心臓が止まったら死ぬだろう!?」
ルイスがすぐ近くで大きな声を出すから、また心臓がびくっと動いた。
「今、心臓がすごく速く動きすぎてて、
「──ヨアヒム、おまえの
「私の心臓、今すごく
「そのまま頑張り続けろ。……
ルイスは私の頰の傷を見て深い溜息を吐くと、私を
私は抱き上げられたまま運ばれた。ぐずぐずと泣いていると、宿に戻り部屋で二人きりになった
「泣くほど
「この
ルイスはますます疑念が深まったと言わんばかりに
「
「えっと、私より強いからって、心配しなくなるわけじゃないんだよ?」
弟の身長が私より
妹の身長が私より拳一つ分大きくなって、そのスパイクが空気を
私は二人を心配し続けるし、いつになったら心配をやめられるというわけでもないのだ。
弟には、ねーちゃんちょーうぜーって言われるけど。
「私がいないところで、私のせいで力を使わなくちゃならない事態になったらどうしようって、ルイスのことがすごくすごく心配だった……ルイスが私より弱いから心配したんじゃないんだよ。ただ、無事でいて欲しいから心配だっただけなんだよ」
ルイスも心配されたくないお
早く家に帰りたい。私がそう思うのと同じぐらい強く、ルイスだってこの
「……今回のことの非は、ヨアヒムにあるだろう」
「ヨアヒムさんは私にひどいことをするつもりはないって言ってた。怪我をさせるつもりなんかなかったと思う。……私が勝手に
あれがヨアヒムさんの本心なら、ひどいことをしているのは私たちじゃないだろうか。
本当にルイスのことを
「ルイスの力を預かっているのに、余計なことをして、ごめんなさい」
「騒ぎを起こしたことは……評価する」
「え? でも」
「見苦しい騒ぎではあったが、あれでおまえの居場所がすぐに知れた」
なるほど、と思う。ほとんどパニクっていただけだけれど、よかった。
「私、頑張るからね。ルイスに力を返せるように。どうしたらいいかわからないけど、もっと頑張るから!」
涙をぬぐいながら宣言し、決意も新たにルイスの顔を見ようとしたら、頭を押されて顔をあげることができなかった。
「うう?」
「……おまえは、
「りゅうのおとしご? たつのおとしごじゃなくて?」
「リュウの落とし子だ」
あの
馬みたいに
「自分の
「それ、
「頭の中身がおめでたいところもそっくりだ」
「褒めてなかった! もー、頭をぐりぐりしないで、
部屋をノックする音が
髪の毛を整えながら、触れられたところに残る
部屋に入ってきたのはデトレフさんとお医者さんだった。先日まで私の
ルイスがそれをじっと見つめていて、私自身を心配しているのではないかもしれないけれど、ありがとうと思ったし、やっぱりごめんなさいという気持ちがぬぐえなかった。
お医者さんが私の傷の手当をしてくれて、デトレフさんも出て行った後、
「なに?」
「ベッドへ行け」
ルイスの指がベッドのある部屋に向く。ルイスはどこで
「俺はここで寝る。……おまえをここで寝かせてまた熱を出されては、俺の命がいくつあっても足りん」
「そんな……」
「体調を
だからそんな、簡単には死なないと思うんだけど、心配をかけているのは事実だ。
お言葉に甘えて私がベッドをお借りする。
スリッパを
「おい、何か気になることがあるのであれば言え」
どうやら知らない内に唸り声でも出していたらしい。ルイスが
「あのね……ちょっと寒いかな」
「
「凍死はしないけど! ……うん、もっとあったかくしないと、また風邪は引くかもしれない」
「デトレフ! デトレフ!」
ルイスが声をあげると、自分の部屋で休んでいたはずのデトレフさんがやってきたから、私は申し訳なさ過ぎて頭を
「シーツを、いや、毛布を持ってこさせろ」
「そんな、どこかにあるなら自分で取りに行ったのにー!」
「……そちらの方が冷えを
デトレフさんは急に呼び出された
「エミ様、いくつか種類をご用意
「わあ、色も
毛布の山を崩したら、でろんと黄色い目玉の飛び出た白い
「エミ様は女性でいらっしゃるので、ぬいぐるみなどの人形が心の
「おまえのおぞましい習作か。持って帰れ」
「女性は人形があると
「……エミ、おまえはそれがあると安眠できるのか」
ルイスが
物言わぬでろんとした
「だ、
「人形があれば大丈夫、ですか?」
「い、いらないです大丈夫!」
そうですか? と残念そうな顔をすると、デトレフさんはぬいぐるみを回収し
「もし白鳥くんが必要な時はおっしゃってくださいね、エミ様」
鳥だったんだ! という言葉は
「
「あ、ありがとうございま──」
「飲食物はおまえが用意しろ。そう命じたはずだ」
「それは……ルイス様のお口に入るものだけではなく?」
私がお礼を言おうとしたら、ルイスが
「そうだ。俺とエミの口に入るものは、おまえが用意しろ。俺かエミか、その両方か──いずれにせよ毒が盛られた場合、おまえが犯人だとわかるようにな」
あんまり失礼な物言いだから、デトレフさんが
「大切な方と離ればなれになってしまうところだったのですから、ルイス様が心配されるのも致し方ないことですね。
「それが本心だと良いがな」
「もールイス。やめてよ、デトレフさんは親切で言ってくれてるんだから」
赤い瞳にぎろりと
怒っていたルイスは
「それを引っ
「う、うん。ありがとう」
「まだ寒いか」
「暖かいよ!」
「
深い溜息を吐いたルイスは、もう怒った顔はしていなかった。
「おやすみなさい!」
「おやすみなさいませ、エミ様」
デトレフさんから
ルイスが選んでくれた、モコモコの赤い毛布は暖かかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます