異世界平和のためならば_1
用意してもらった
だから新しく
「次の町スタブに着いたら人間の市長から報告を受ける。
「うん、わかった」
私たちは今、竜落子車に乗って移動中だった。乗っているのは私とルイスだけ。
デトレフさんとヨアヒムさんは別の車に乗っているか、馬に乗っているようだ。
ついてきているのは二人だけじゃない。私たちの前後には馬車が長い列を作っているし、荷物もたくさんある。何がそんなに必要なのかは知らないけれど、全部ルイスの荷物だという。
また、使用人としてついてきている人は大勢いた。みんな竜族らしく、私を見ると信じられないって顔をしてじろじろ見てくる。ルイスの手前何も言わないけれど、みんなヨアヒムさんと同じような気持ちなんだろう。
ルイスの身の回りのことは、今やデトレフさんが一手に
「食事の後は町に流れる気の
「手を
「……仕方がないな」
ものすごーく
「
「笑えばいいんだろう?
そう言って、ルイスはにこりと笑顔を見せた。
びっくりするぐらい
けれどルイスはすぐにその笑みを引っ込めて私をじろりと
「
「今のが作り笑いだなんて信じられない……こんなの詐欺だよ……」
「おまえこそ演技はできるのか? 俺に
「うううん……できると思うんだけど。
うーんと
ルイスの顔が
「演技とはいえ俺の連れ
いいな? と念押しされて、なんとかうんと頷く。
顔をぱちんと叩いて気を取り直した。笑顔はたぶん、得意だと思う。暗い顔をしていたら両親を心配させてしまう。私を置いて仕事に行きにくくなってしまう。私が泣いたら
「大丈夫。私、エミだもん! 私の名前には笑うって意味があるんだからね、笑顔は得意だよ!」
「それはいいが──はあ、やはり手袋の上からでは竜気の補充がうまくいかないな」
ルイスが私の
ルイスの掌と重ね合わせて、長い指で包み込まれる私の手ってすごく小さい。
「手も、繫がないよりはまし程度だな」
黒い手袋に包まれたルイスの手は、とても大きかった。
ずっと心臓がドキドキしてる……。
男の子と手を繫ぐ機会なんてないもんね……考えてみれば弟の組み体操の練習に付き合ってあげた時以来かも? とはいえ弟の手はあんまり大きくないからなあ。妹は片手でバレーボールやバスケットボールを持てるけどね。
するすると進んで行く竜落子車が予定の町に着いた時には、昼過ぎだった。
私たちというか、ルイスを
食後、ルイスは市長さんに食休みのための部屋を用意してもらっていた。
デトレフさんがいれてくれたお茶を飲んで食後のまったりとした時間を楽しんでいると、ルイスが不意に口火を切った。
「……犯人に盛られた薬の味を、俺は知らなかった」
「けほっ、ごほ」
「その茶が原因で
「びっくりしただけだよ! ……いきなり何の話?」
「むざむざ盛られた毒に
あまりにお
お腹が空いていたから……何も考えていなかったよね。
あえては言わなかったけれど、ルイスは私の表情から察するものがあったらしい。
「何しろ禁制の薬だ。……だがもう俺はあの薬の味を覚えた。二度目はない」
「うん、それなら安心」
「……もう少し疑え。たとえ俺の
たぶんルイスが考えるよりはか弱くはないと思うんだけれど、そう言いつつ
「──
私はぴたりと口を
ルイスが「入れ」と言うと扉が開いた。外にはデトレフさんと
「次のご予定は
「ああ」
デトレフさんの言葉に頷きながら、ルイスは私に革の手袋をした手を差し出した。
私がその手を摑むと、デトレフさんとヨアヒムさんがぎょっとした顔をした。
「行くぞ」
「あ、……ええ、かしこまりました」
デトレフさんは驚いたようにぱちぱちと目を
その後ろで、ヨアヒムさんは目をむきながら歯を食いしばっていた。
たぶんヨアヒムさんの反応の方が
町の人間の
「いやはや、人間を対等に
市長のおじさんがにこにこしながら言う。ルイスは「竜族は人間を対等などとは思っていない」と
町に数か所ある
他の祠よりも地中深くにある川の祠で、ルイスはその
「領主様、この町の竜脈に、何か問題が?」
市長さんやその周りに付き添う人たちが不安そうにルイスの顔を
彼らの視線を受けて、ルイスは「特に問題はない」と言って市長さんたちを安心させた。
はじめ、市長さんたちがルイスを出迎えた時に見せていた
ルイスが
「人間と竜族ってどうして対等じゃないの?」
祠を出ながら聞いたら、近くにいた市長さんがあわあわしていた。
ルイスは足を
「なぜ対等だと思ったんだ?
「竜族は寿命が長いの?」
「俺は今年百歳になった」
「えっ、ルイスおじいちゃんじゃん!?」
思いきり繫いでいた手を引っ張られ、
「いったーい!
「──まさか。いや、とれてはいないぞ」
「本当に? とれてない?」
とれていない、とルイスに
──そんなことを考えながら見ていたルイスの顔から、次の
ルイスはすぐに、張りつけたような
その作り笑いのままルイスは空を見上げた。気づいた時にはかなり近くに接近している存在があった。黄緑色の、日の光を受けて金色にも光って見える竜だった。
ブワッと強い風が
『ルイスめ、
竜の首に引っかかっていた布が服だったみたいで、上手いこと服を着た状態で足をつく。
「おい、おまえ
しばらくキョロキョロしていたけれど、靴が見つからなかったらしい。たまたまそこにいただけの人に、偉そうに命じながら、明るい
そしてルイスを見やると、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。見ていて気持ちのいい笑顔じゃなかった。
「
「兄上にお会いできて、俺はとても嬉しいですよ」
お兄さん! 私はびっくりしすぎて少し飛び上がったと思う。
全然似ていないし、ルイスは嬉しそうにも見えないけれど、お兄さんらしい。私が心の底から会いたいと願う兄弟だ。私は関係ないけれど、兄弟の再会っていうだけで
「それが噂の人間か。……まさか本当に人間の女を連れているとは思わなかったぞ。しかも、よく
「触ろうとどうしようと、俺の勝手でしょう。お気になさらず」
私と手を
赤の他人ならともかく、相手はルイスのお兄さんみたいだ。私のせいで
それを見たお兄さんが、黄緑色の目をぱちぱちさせて
「おまえはシュテルーンの名を背負っているんだぞ。一時的なものだとしてもな。そのおまえが人前で人間なんぞと仲良くおててを繫いでいたら、兄であり次期領主のおれの立場ってものがないだろう!」
「一体
「寝言だと? ふざけるなよ、ルイス」
「ふざけているのはどちらですか。俺が人間と一緒にいるのを見るためだけにこんなところに来たのですか? 領地での仕事はどうしたのです?」
ルイスが
ルイスは笑顔だ。作り笑いだけど。お兄さんも笑顔だ。ニヤニヤしているけれど。
「仕事などどうでもいい。それよりルイス、おまえ終わったな。人間の女と仲良しこよししているおまえに、シュテルーン領主の地位はふさわしくない。これで今度の領地会議でみんなを説得できる!」
ひゃっほう、と飛び上がって喜びながら、お兄さんはするりと竜の姿に
私たちを見て『これは
お兄さんの背を見送るルイスはすぐに笑顔を消し、
そんなルイスの横顔を見ていた私は──。
「──エミ? おい、なぜ泣いている」
どうやら、泣いていたらしい。
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