第3話

「パンパカパーン、お兄ちゃん退院おめでとう」季節は、冬になっていた。

家族総出で快気祝いというやつだ。

妹の香奈が、場を盛り上げる。

テーブルなので、僕は車イスに座ったまま、みんなで、鍋をつついた。

旨かった。

病院食はまずい。というようなことをいろんな人から聞いたことあるが本当だった。

しかしそれは、味自体がまずいのではなく、病院に一人でいる。

一人でご飯を食べている。そういうものからくる、まずさなのかもしれない。

親父が、珍しく酒を飲んでいる。

おふくろが、鍋の様子を確認している。

香奈が、フーフー言いながら、豆腐を食べている。

僕は、春菊が旨かった。

糸こんにゃくが旨かった。

鶏肉も旨かった。

とりあえず、生きていることに感謝しよう。

今日は、そう思った。


僕がいない間に、高校は様変わりしていた。

まず、みんなの目つきが違う。怖いのだ。

そして、空気がピリピリしている。

いよいよ受験勉強が本番モードに入ってきた証しだ。

僕は、一人取り残されていた。

周回遅れも、はなはだしい。

二周も三周も、いやそれ以上かもしれない。

とにかく遅れていた。

どこを受験するかさえも定まっていない。

車イスで通学、校内を行き来するというのも大変な作業だった。

臨時措置として、学校まで親に送ってもらったら、そこからは先生方がすべて介助してくれた。

同級生は、受験というものがなければ気にかけてくれそうだったが、みんな自分のことで精一杯だった。

「あぁ、良仁、来たんだ」その程度だった。


僕は、進路指導の面談を受けた。

「で、どうする?」進路指導は投げやりな感じだった。

「やはり、K大学に行きたいです」僕は、事故の前から行きたかった大学の名前を口にした。

進路指導は、ちらっと書類に目を通すと、

「そうだな。確かに、今のお前の学力なら問題ない。俺も通すだろう。しかしなあ……あそこはなあ……」

ようするに、僕の身体的なことが問題になっているようだった。

K大学は、交通の便も悪く、山のてっぺんにある。

古くからあり、バリアフリーも整っているとは言い難いようだった。

そして、進路指導は、面談前から用意していたらしい大学のパンフレットを出してきた。

「ここならいいと思う」

そのパンフレットは、明るくさわやかで、人はみな笑っていた。

障害学生の受け入れ実績も相当あるらしく、設備は完ぺきに整っているということだった。

僕は、障害があるということはそういうことかと思った。

行きたかったK大学への道は、事実上断たれた。

「親と相談してみます」それしか言えなかった。

進路指導は、「うん。それがいい」と言った。


案の定というか、予想通り、両親は「この大学いいじゃないの」と進路指導からもらったパンフレットを見てから、異口同音に言った。


僕は、その大学に進むことにした。


高3になり、必至で勉強した。

「生涯で一番勉強した時期になるかもしれんぞ」先生はそう言った。

本当に、そうかもしれないな。と僕は思った。

学校は、行っても行かなくても良いような感じだったので、

周りの手を煩わせることもないと思い、家にいる日が多かった。

家にいるときは、ほとんど机の前で、受験に関する書籍やノート達と格闘していた。

動けない分、集中できたのかもしれない。


遠い記憶。

「僕ね、大人になってね、結婚してね、子どもが出来たらね、

よしむねって名前つけるんだ。」

子どもの頃、母にそう言った記憶がある。何でそう言ったのか、どうしてその名前なのか、

今となっては、思い出せない。

子どもが出来るどころか、結婚さえ無理だろうなと寝る前に天井を見上げながら思った。


高校の入学式のときのような新鮮さ、初々しさと違って、

大学の入学式は、淡々とした気持ちで終わった。

高校時代の同級生も何人かは入学していたが、特別話したこともないような間柄だったので、事実上、一人だった。

しかし、学内は完全バリアフリーだったし、車イス生活にも慣れてくると、

心に余裕が生まれてきた。余裕が出てくると、以前のような明るくて誰とでも打ち解けれる性格を取り戻しつつあった。

新しい友人も一人、また一人と増えていった。


ある日、友人の孝がフットサルのサークルに入ったというので、良仁も一度見に来ないか。と誘われた。

もともとサッカーは好きで、孝とはよく話していた。

プレーするのも好きで高校の時はよくやっていたが、事故後、出来なくなってからも観戦はよくしていた。

サッカーの縮小版のようなフットサルは、以前から興味があった。

そのサークルが使っているらしいフットサル専用スタジアムも、帰りの駅に向かう途中にあった。


僕は、すぐに寄ってみることにした。

空は、完ぺきな夕焼けで、オレンジ一色だった。

もう借り物の車イスではなく、自分と業者で相談してカスタマイズしたオリジナルの車イスを使っていた。

相棒は、マウンテンバイクからこの車イスになっていた。

昔の相棒の面影を残すため、色は赤にしてもらった。


サークルは、男だけじゃなく女の子も入っていた。

それだけ手軽なスポーツなのだろうか。

タオルで汗をぬぐっている孝を見つけると、僕は近寄っていた。

「おう、来たか。今、きゅーけー中」

大会に出て何かを目指すのではなく、適当に遊び、交流がメインのような雰囲気だった。

数人が固まって、スポーツドリンクを飲みながらしゃべっている。

一人で、リフティングしている人もいる。


「じゃ、もう一試合いきましょうか」リーダー的な人が、大きな声を上げると、それぞれが位置につき始めた。

僕は、ネットの外で観ることにした。


遊びとは言え、僕をとてもワクワクした気持ちにさせてくれた。

こんなにワクワクした気持ちになったのは、久しぶりかもしれない。

緑色のコートの上で、カラフルなスパイクを履いた10人が、踊るようにボールを蹴っている。


どちらが勝ちとか負けとかは、あまり関係が無さそうだった。

日も暮れてきて、ライトが灯されるようになると、解散だった。

帰りは、孝と帰る約束をしていたので、出口のところで待っていた。


しばらくすると、孝は、首にタオルをかけながらやってきた。

「おう、待った?」

僕が、手を軽く上げて車イスをこぎ始めた途端、

「おいおい、ちょっと待てよ」と呼びとめた。

さっきまで気づかなかったけど、後ろに知らない女の子がいた。

彼女紹介か?と思いつつ、僕は軽く頭を下げた。

「咲希ちゃん」孝は、一言だけ彼女の名前と思われる名前を口にした。

3人の間に、変な間ができた。

「いやいや、彼女とかじゃない」孝は、あわてて訂正した。


それが、上村咲希との出会いだった。

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